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Hayato Sumino at NIPPON BUDOKAN

「美しい静寂」(角野隼斗)という言葉を昨日初めて聞いたので、その美しい静寂を体験させてくれた公演について少し記録したい。

2024年7月14日に開催された角野隼斗氏のピアノリサイタル。会場はおよそ14000人を収容する日本武道館。1966年にThe Beatlesが初めて音楽ライブを行った会場であり国内外の超一流ミュージシャンの公演が多く行なわれてきた。

解体と再出発、をコンセプトに組まれたこの日のプログラムは以下

ショパン:スケルツォ第1番 ロ短調 Op.20
ショパン:ワルツ14番 ホ短調 遺作
ショパン:エチュード第11番 イ短調 Op.25-11 「木枯らし」
モーツァルト/角野隼斗:24の調によるトルコ行進曲変奏曲
リスト:ハンガリー狂詩曲 第2番 嬰ハ短調 S.244/2
角野隼斗:Human Universe

即興
角野隼斗:追憶
角野隼斗:3つのノクターン 
ラヴェル(角野隼斗編曲):ボレロ

のちのMCにより分かったのだが、今回のプログラムではこれまでの歩みを総括した構成になっていたそう。手前が氏の演奏会に足を運ぶきっかけとなったのがショパンの演奏だったので、今回の演目にもショパンが入っていたのは嬉しかったポイントの一つ。
真夏の蒸し暑さと生い茂る緑と、7日程度の成虫としての命を燃やす蝉の声と、氏の歴史の一頁を目撃せんと集まったファンの人熱と、そうした全ての熱の温度を少し冷やすようなショパンのラインナップだったが、昨日の音は何だか柔らかかった。空間を劈くようなスケ1の出だしや木枯らしの最高音のFを予想していたけれど毎回氏の演奏はリスナーの予想をはるかに超える演奏で感嘆させてくれる。
遺作のワルツを聴くのは初めてで、この曲がまた新たなショパンと手前を出会わせてくれた。
木枯らしの冒頭のE音の音量に驚きつつもロックを感じ思わずニンマリしてしまう。
次いで演奏されたのは自身によるアレンジのトルコ行進曲。年始に行ったツアーの時の演奏とはまた違った形で戻ってきてくれた。メジャーとマイナー全てのキーを盛り込んで編まれた変奏曲だが、ツアー当時よりも更になめらかになっていたのではなかろうか。今どのキーを弾いているかを色で知らせてくれる親切設計。
照明を含め視覚でも楽しめるのが氏の公演の魅力の一つでもある。しかし仮に白杖のリスナーが会場にいたとしても、その音の色彩は鮮やかに伝わることだろう。
冒頭から「動」のイメージの曲で畳みかけるプログラムの次にお目見えしたのがハンガリー狂詩曲。
会場が日本武道館だったので、ステージ上の演奏の様子をモニターで見ることもできたのだが、その時にちらっと視界に入ったのがピアノの内部に置かれたタオル。
ピアノのサイズも普段よりもコンパクト。これはもしかして自宅のピアノ?2018年にPTNAから貸与されそのまま買い取ったあのピアノなのか?
その答え合わせをこのハンガリー狂詩曲ですることになろうとは。序盤こそ鍵盤のみを操って曲を奏でていたがやがてタオルで弦をミュートしたりマレットで直接弦を叩いたりして自在にオンショクを使い分け曲の世界を極限まで拡張していたように見えた。
内部奏法と、そしてずっとその生音を聴いてみたかった自宅のピアノの音が聴けてテンションが上がりきったところで氏の自作曲で最も好きな曲であるHuman Universeが。
音以外の情報を全てキャンセルして聴きたい曲ってありませんか?手前にとってはこの曲がその一つなのですが今回もそっと目を閉じて聴いていました。この時は途中でふと何の虫の知らせだったのか目を開いたらちょうどミラーボールが青い光を放って会場に満点の星空が広がっていたのでここは視界を開いてよかった!曲とぴったり合っていて曲の美しさがより際立っていました。
2021年のBlue Note Tokyoでの単独公演がこの曲の初出だが、加筆修正を加えて2023年のツアーで戻り、今秋のアルバムにも収録される。アルバムが出たら今度こそ音以外の情報を全部キャンセルして没入したい笑
休憩を挟んで始まった後半の冒頭ではトイピアノを抱えて氏が登場。おもちゃの兵隊のマーチ、ラプソディーインブルーを演奏した後はコの字にセットされた複数の鍵盤楽器を用いての即興。Life is improvisation.(
Hayato Sumino )
パリのアメリカ人から始まり数曲を経て千のナイフのモチーフが現れた時の高揚感たるや。ここからLive In This Way、ポリリリリズム(違ったらごめんなさい)、胎動までの一連の流れが美しかった!特に胎動の出だしの間引かれたアレンジがストレートに心に響く。
追憶もこれまで聴いたどれにも似ない演奏で一番「水」を感じた演奏だった。リリース当時も水を連想していたが(個人の感想です)、この時の演奏は深く静かな海の中でゆっくり呼吸をしながら海面を見上げたらそこに太陽の光が差し込んできたような煌めきを感じるものだった。
そして待望だった自作のノクターンの全貌が明らかになってこの時も音だけに集中して一音一音を記憶に焼きつけた。音楽家として様々な土地を旅する中で出会った空を思い浮かべながら書かれた曲だという。
皆さんも聴きながら思い思いの空をイメージしてください、とは角野氏(ニュアンス)
こうした余白を用意してくれるのも嬉しいポイントだ。
Pre Rain、After Dawn、Once In A Blue Moonとタイトルが付いたトリロジー。他の自作曲のエッセンスも入りつつ「美しい静寂」を味わうのに最もふさわしい楽曲群だった。こうして少しずつ自作曲が増え、歴史の音楽家の名とともにSuminoの名がプログラムに増えていくと思うと改めて歴史を目撃しているのだな、と。
「動」のエッセンスが多めだと感じた前半に比べて「静」のエッセンスが多めだと感じた後半のフィナーレはボレロ。ノクターンの終わりの余韻のままボレロを聴きたかったので、私はここでは拍手をせずにスネアの始まりを待っていた。ツアーではラヴェルの原曲を忠実に複数の鍵盤楽器に落とし込んだ演奏という印象だったが、今回は大胆なアレンジが加えられていた。(アレンジのアレンジ?)
原曲キーから転調させて角野氏流の解釈により拡張されたボレロがどんどんどんどん広がっていって、どうやってそれを畳むのかドキドキしてしまって笑、途中から固唾を飲んでしまったが自由に飛び回りまくったあと鮮やかに原曲キーに戻った時は思わず心の中で「ヤッタ!」と叫んでしまった。サッカー選手がゴールを決めた時の「ヤッタ!」に近かったかも笑
ボレロの大団円に会場の人熱もピークに。アンコールにこたえてくれたのはその熱をそっとさましてくれるかのようなカンタータ。こういう匙加減が毎度本当に絶妙なのですよねぇ。
この日は氏の20代最後の誕生日ということもあり、贅沢にも世界のHayato Sumino の伴奏でバースデーソングを歌うというサプライズも!バースデーソングの最後の1音からそのまま英雄ポロネーズに演奏がつながったときの高まりはきっとずっと忘れないだろう。隣のご婦人が英雄を聴きながら泣いていらっしゃいました、感極まっていたんですよね、うんうんそうなんですよね。一緒に泣きますよ笑
Restart
世界に向けて離陸する準備はもう完璧に整ったのだな、と、悟った公演でもありました。
これからも角野氏の美しい静寂が世界に鳴り響きますように。


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