「阿吽の呼吸」創作落語風
長く連れ添った夫婦は、阿吽の呼吸なんて言いまして、相手の考えていることが、分かるといいます。
「おーい、アレ持ってきてくれ」
「はいはい。どうぞ」
「おぉ、ありがとう」
なんて具合に。
庄助は庭にあいてしまった大きな穴が気になっ ていた。
「こんなとこに穴があっちゃみっともねぇな。明日には大事な客も来るというのに。」
どうしたものかと町を歩いていると声をかけられた。
「ちわーす。兄貴。」
「おぉ、源次。」
源次は庄助が可愛がってる弟分である。
「どうしたんです。浮かない顔して。」
「いやそれがな、庭にな、穴が開いちまってな。結構大きな穴で目立つんだよ。明日はうちに大事な客が来るってのにどうしたもんかと思ってな。」
「なんで穴が開いたんすか?」
「それがわかんねぇんだ。いつから開いてたかもわかんねぇ。今朝、パッと見たら開いてたから、びっくりしたってなもんだ。」
「そんなことがあるんですねぇ。」
「じゃあ、手伝いやす。なんでも言ってくだせぇ。」
「おぉ、手伝ってくれるか。助かるよ。」
「穴を埋めるため、砂を掻き集めてきやしょうか?」
「うーん、でも結構大きい穴だからな。」
「あっ、じゃあ、大きな石で穴を隠すってのはどうですか?」
「それもありかもな。砂をいちいち運んでたら、キリがないやい。石なら一発でいけるな。でも、そんな大きな石なんてあるかな。」
「あっしは石屋に知り合いがいますので、大きい石が手に入ると思いやす。そこから若い衆に頼んでみんなで運びやすぜ。」
「それはありがてぇ。頼んだぜ。」
源次の父親は酒を飲んでは暴力を振うひどい男だった。庄助はその度に家に招き入れて、おにぎりを作ってくれた。あの時のおにぎりが塩っぱく感じたのは、涙のせいかもしれない。
源次は石屋を訪ねた。
「おーい。おやっさん。大きい石を用意してくれ。」
「なんでぇ、藪から棒に。」
「庄助兄貴の家の庭に大きな穴が開いちまったらしいんだ。それを石で隠そうって寸法さ。」
「おぉ、それなら庭石がいくつかあるぜ。見てみろ。」
そこには3つの庭石があった。
右には自分の膝くらいの高さの大きな石。
真ん中には腰くらいの高さの大きな石。
残りは胸くらいの高さの大きな石。
源次は三つの石を見比べ満足気に頷いている。
「気に入ったのはあったかい?」
「気に入ったぜ。このでかいやつさ。」
源次は1番大きな石を触り、軽く叩いた。
「ずいぶん立派なのを選んだな。」
「これを庄助兄貴のとこに運びてぇ。手伝ってくれるか。この通りだ。頼む。」
源次は深々と頭を下げた。
「わかった。そこまで頼まれちゃしょうがねぇ。だが、これを運ぶのに十人は必要だぜ。」
「そうか。手伝ってくれるやつを探してくるぜ。」
そう言うと源次は、飛び出して行った。
町の力自慢たちに片っ端から声をかけた。初めはいい顔をしなかったが、さすがに人情の町だ。渋々でも協力してくれることになった。
その間に石屋が大きな石を運ぶ準備をしてくれていた。
大きな石は隙間が見えないほど紐でグルグル巻きにされていた。その先に太く長い棒が結ばれている。その棒を何人かでで引っ張る。石の下には木で作られた運び棒が置かれている。それは二本の棒の間に、丸い棒状の木が十本ほど並べられ、転がるようになっている。それは持ち運べることができ、二つ用意されている。一つを転がしている間に、もう一つを前に移動させる。そうすれば絶え間なく大きな石を転がすことができる。
男たちは分担し、大きな石を動かし始めた。
ズズズッズズズッ
「おー! 動いたぞ!」
男たちから歓声が上がる。
ソーレ! ソーレ!
わっしょい! わっしょい!
カッボレ! カッポレ!
この騒ぎに町もざわつき始めた。
見物客が増えて、お祭り騒ぎとなった。
空気が揺れる。熱気で揺れる。
源次は思った。やっと恩返しができる。
幼かったころの辛い思い出と優しかった庄助との思い出が交差する。
庄助の家に着いた。
「よし! このまま庭まで運ぶぞー!」
熱気が庄助の家に流れ込んだ。
「ん……あれ。あれれ。」
源次は、そこにあった穴が思ったよりかなり小さいので、動揺している。
「ちっさっ! 穴ちっさっ!」
騒ぎを聞きつけて、庄助が出てきた。
「どうした、どうした。」
「いやいや、兄貴、穴ちっちゃくないですか?」
「いや、石がでかい! 石、大きすぎるだろ」
「兄貴、こんな小さい穴で悩んでたんすか。」
「穴は大きいだろ。石が大きすぎるんだよ」
このやりとりは、しばらく続いた。
穴が小さかったのか。
石が大きかったのか。
穴は大きいが、石が大きすぎたのか。
大きい小さいは、人によって基準が違うものなのだろうか。
五年後に話が続く。
源次は悩んでいた。好き合っていたと思っていた女に浮気をされた。問いただそうとすると、「あんたなんか最初から好きでも何でもねぇ。」とこっぴどく振られた。
生きていることが辛いと感じるほどだった。川に身投げをして、死んでしまおうかと考えていた。
そこに庄助が通りかかった。
「どうした? 深刻な顔して」
「あっ、いや……。」
「何でも話してみろよ。相談に乗るぜ。」
「実は、女にこっ酷く振られやして……。」
「なんだよ。そんな小さいことで悩んで……。」
「おおーい!!」
源次は生まれてから最大の声で叫んだ。
「小さくないわーい!」
澄み渡った空に源次の大きなつっこみが、鳴り響いた。
その声は、やまびことして山を越えた隣町までこだましたという。
(了)
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