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駅から宿までは一本道のようだった。過度にイラスト化されて縮尺が不明な、駅前の看板に描かれた観光用地図を見て了解する。宿の人が電話で雑にしか場所を説明しなかった理由がわかった。遠いが、迷いようがないのだ。 鉱泉が湧くその宿までは歩いて1時間強と聞いた。バスは「なくなった」とのことだった。路線が廃止されたという意味なのか、もっと別の事情なのかは判別できなかった。とにかく歩く以外はないらしい。 10分もしないうちに道の周囲から建物が消え始める。うっすらと勾配が感じられる程度の登り坂
ホテルの敷地内にある庭園には宿泊客もしくはレストランなどの利用者しか入れないということになっていたが、ラウンジもカフェも満席だったため、大した罪悪感もなく規約を無視して庭園に侵入する。 敷地の南側を流れる川沿いの急斜面を生かした、大きな高低差のある回遊式庭園。10分ほどで一周できる規模だが、都心の喧騒からは隔離されていて心地よい。紅葉はまだ見頃には程遠く、見回せばいくつかの木々の葉が色づいている程度だが、柿の実がなり、風は少し肌寒い。秋だ。 このホテルに来るまでに既に1時間近
「指切りしよう」とあの時言い出せなかったから、だから僕は彼女には、まさに指一本触れていない。 ベランダに通じるサッシを開けると、5倍ほどの音量になった蝉の声と蒸れた熱気が網戸越しにどっと入ってくる。そのあと台所側の小さい窓も開けるけど、なかなか風は通らない。 でもいつもと変わらず10分間はそうして換気を試みてから、あらためて部屋を閉め切ってエアコンをつける。 やはり顔に汗をかいてしまった。汗が床に垂れたりしないよう注意しながら、顔を拭いたタオルを首に巻いて掃除を始める。住む