見出し画像

99 安倍元首相暗殺事件

人間は生を受け両親の言葉やしぐさを真似、他人とのコミュニケーションを培ってゆく。しかし、成長するにつれて言葉を使う仕事とそれが苦手な人との差が出来てくる。小、中、高校になるにつれ他人とのコミュニケーションが不得手な人と得意な人との差は大きくなり、苦手な人は引き籠りになったり外部との接触環境が減少してゆく。

言葉が得意な人は政治家、企業の営業、お笑いや落語家、俳優を含む芸能人、アナウンサー法廷に立つ弁護士、など数多い職業についてゆく。ただ個人的に政治家は詐欺師だと思っている。逆に口下手や恥ずかしがり屋など他人とのコミュニケーションが苦手な人も多く、自分の考えを文章に換える文筆家、音楽家、彫刻家、陶芸家、絵画を専とする芸術家などは彼らが製作した作品が自分の思想や意図を言葉以上に喋ってくれる。

特に政治家は世界共通でぼくは彼らは大体詐欺師だと思っている。ぼくが日本の小さな都市に日本での拠点を設け、ある市会議員に会ったが、彼はフィリピン・クラブを経営していると言っていた。多分奥さん名義なのだろうが、奥さんは1階でラーメン屋をやり、5階建のビルを所有していた。議員としてそれが例え奥さん名義でも。風俗営業などは許されるのだろうか?彼のサイトを見るとその人脈は893にも通じているようだった。

とまれ政治家に関してぼくの言いたい事は、日本に限らずアメリカでも世界でも言葉は上手いが中身がある人物は少ないと思う。NYの市長選挙で当選後いつもの地下鉄の入り口で選挙前と同じ位置で出勤前の市民達に感謝の握手をしており、そんな政治家もいる事に驚いた。

力がある政治家は不動産で大儲けしようが、その政治力で結局無罪放免となり、消費税撤廃と唱えてもその分の財源はどうするかの答えはなく政治家を減らし、給料の10%、20%を政府に返還するなどは一切言わない。今世界はコロナの影響で大不況になっており、中小企業は軒並みに倒産や営業不可能な店や工場が多い。友知人だけでも甚大な被害を被っている。

ここで世界の政治家達の中で自分の給料の1/10でも政府に返還すると言う人間が現れないのが不思議でもある。日本だけでも国会議員、県、市、を含めれば数万人の政治家がいるはずだが電車にちょっと乗っただけで一月分の交通費がもらえるなど財源が国民の税金から支出されるとは言語道断である。彼ら政治家の10%の給料返還だけで多くの中小企業や国民が助かるか?

政治家達の資産リストを見ると愕然とするのだ。政治家は皆お金持ちでないとなれないようだ。ただ実際に自分の給料を政府に返還する政治家がいるとすれば匿名で決して自分の名前を表に出さないだろう。そんな政治家は皆無だと思うが。

今回の参議院選挙で驚いたのは聞いたこともないような政党、ゴボウの党、NHKを潰す党、などたった数人でも2%の投票率があれば政党と見なされるらしいが、数人でも一党となれば「一党を引き連れて」などの言葉は意味不明になってくる。

今回ぼくが言いたい事は今回の安倍元首相の暗殺事件である。FBやニュースを見ると安倍元首相が大嫌いである人も多くいるようだが、彼の外交力は世界で評価され、そのお悔やみの行事や感謝が行われた。ケネディ暗殺事件では多くの国民が涙した。安倍元首相の時は霊柩車に涙する人は見受けられたが。安倍元首相は内政に関して様々な問題があったようだ。ぼくは政治は嫌いだが、アメリカの方がより興味がある。もちろん彼らが詐欺師だとの思いは変わらないが。

奈良での暗殺事件に関して日本は平和で安全である温もりに浸り過ぎていたのではないか?安倍元首相の応援演説中、SPと私服警官がいたというが、ニュースを見ると数人(2人?)のガードが安倍元首相に向かって演説を聞いて見張ってをり暴漢に背中を見せるなど考えられない。安倍元首相に背を向けて立っていれば暴漢など防げたはずである。2発目の銃撃があった3秒間にSPの誰も自分の身を呈して安倍元首相に覆いかぶさる事をしなかったのか?少なくとも2発目の心臓銃弾は防げたと思う。

世界には暗殺されるべきトップがいるのに誰も危険を犯す人はない。外交による解決は当然だが、会話が出来る、お互いに理解し合える相手ではないのが大きな問題である。これは誰かの隣近所にも多くいる。与野党の政治家達と同様、同じ言語でも通じないのが難点である。

一国の大統領や首相暗殺計画や映画はよくあるが、ボディガード的映画であってもSPの人数やその警備警護は完全ではない。2001年に大統領選挙で敗れたトランプは選挙に不平があったと大衆を鼓舞先導しキャピタル(国会議事堂)に押しかけ5名の死者(警官1名)と150人ほどの負傷者が出た。それでも後のニュースでは死者に関するニュースは早々と消えてしまった。

ぼくのスタジオがマンハッタンの49丁目のマジソンのペントハウス(庭付き)にあった時、ローマ法王がセント・パトリック教会へ来られた事があった。ぼくのオフィスは教会の視覚範囲にあり、サックス・デパートの裏側でもあって、警備の警官が数人でスタジオの外部への閉鎖を求めた事があった。それほど警備は厳重だった。

1981年に当時のレーガン大統領暗殺未遂事件があったが、報道官だったジェームス・ブレディ氏は自分の身を呈して大統領を庇い、銃弾被害を受けて半身不随となり、数年後ブレディ法案と言う銃規制法案を成立させた。しかし未だに改善される事なく返って無差別銃乱射事件は増加している。

世界の政治家に平和を望まない人はいない。平和の定義が基本的に異なり、黒白、プラス、マイナスの考え方が全く違うのは将来も変わる事はないのだろうか?

終。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?