産婦人科医K

闇の中の赤ちゃん

Kは産婦人科医。
赤ちゃんは8ヶ月で死産と表向きにはなっている。
その母親と産婦人科医の間でどんな悪魔の取引があったのだろうか?私は想像するしかない。
 
助産師は怒り狂っていた。
「この女は、鬼だ。」と。
私は実習生。普通に分娩だと思って呼ばれた第二分娩室へ入ったとたん助産師に言われたのだ。
麻酔の前投与で、鎮静剤が点滴ルートから入れられているのだろう。
ストレッチャーに乗って分娩室に入ってきた女性は目を閉じて身動きもなかった。白い顔白い肌。大きく膨らんだおなか。

 助産師の声は冷たかった。
「自分で処置台に移ってちょうだい!」と体を揺すった。
「お産と同じだから、同じように寝巻きとかT字帯とか用意しておかなあかんのに。」とても強い口調。助産師が鬼のよう。
目を開けた女性は黙って分娩台に。ストレッチャー越しに私は支える。鬼と言われたのを聞いていたのかなと思った。
その後すぐKが来た。
「眠い?赤ちゃんは、(くすりで)死んでいるからね。麻酔をかけるから、大丈夫。」と、産婦にKは言った。
脚を開いて分娩とさして変わらない姿勢で堕胎が始まる。足台の上に載せた足を革のベルトで固定する。静脈麻酔で始まったが、動こうとするので笑気ガスも追加された。指示に従い助産婦が薬を使うが、暴れている。麻酔科医はいない。
「脚をしっかり抑えて!」
足側に立つとドクターの手が差し入れられているのが見えた。まるでみんなで押さえつけてレイプ。麻酔が効かず、強い抵抗で分娩台が揺れた。それでも2時間後胎児は、母体から出た。胎児をきざむハサミを使う事がなくてホッとした。紫色の赤ちゃんは男の子だった。
―水子にされたあかちゃんー 産着もなくトレーに置かれた。
 Kは血まみれのゴム手袋を捨てて手を洗った。助産師も私たち実習生も望まぬ共犯者。手を洗っても心に染み付く血液
翌日の実習後、訪室。ひとり彼女は眠っていた。―裁くな!―
私はあの分娩室の出来事を生涯忘れない。


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