『モーリンの英雄譚』1 ウェルグレースとトリスタン
物語は、ドワーフの戦士モーリンがウェルグレースの町を訪れたところから始まる。
モーリンと一緒に埃っぽい道をずっと歩いてきたヒューマンは、前方、丘のかげからウェルグレースの町が見えると安堵のため息をついた。このヒューマンはウォーターディープからやって来た商人で、商品を隣町セカンバーで売りさばき、今は帰途にあった。
モーリンはセカンバーの酒場で商人と知り合い、隣町ウェルグレースまでの同行を申し出たのだ。この辺りは比較的街道も安全とはいえ、運が悪ければ野盗やモンスターと出くわすかもしれない。それに、ウェルグレースの周りでは近頃悪い噂が聞かれている。
その噂ゆえに、モーリンはウェルグレースへと急いでいるのだ。
ウェルグレースの町に着くと、モーリンは商人と別れ、領主館に向かった。
領主トリスタン卿はモーリンを暖かく歓迎し、旅の労をねぎらった。
トリスタンはヒューマンの男で、疲れやつれた老人に見えるが、双眸に宿る活力やはっきりとした声から、実際には見た目ほど高齢でないのがわかる。その人生の中で被った心身の重圧が、彼を余計に消耗させているのではないかと思わせた。
モーリンとトリスタンはお互いを知っている。
20年ほど前だ。モーリンの故郷であるグレイピーク山脈の周辺で、獰猛な大ナメクジの群れが破壊の行進を行うという事件があった。
モーリンはドワーフの王国の兵士として、大ナメクジ討伐行に参加した。群れのうち、おおかたの大ナメクジは討ち取られていったが、そのうちの特に巨大で凶暴な1体は町々に被害を及ぼしながら西へ西へと向かっていった。
モーリンの率いる少数の部隊はこの敵を追いつづけてウェルグレースに至り、町に被害が及ぶ前にこれを仕留めた。
トリスタンはモーリンに深く感謝し、親交が結ばれた。
モーリンは滅多に故郷を離れることはなかったが、職務上の必要で西へと旅をした際に、幾度かウェルグレースを訪れた。トリスタンは彼とその道連れを歓迎し、屋敷に招き語り合った。
そして今またモーリンは旅の身の上なのだが、この度は兵士としての職務でも、王の命による旅でもない。なぜなら彼の王国は滅び、民は散り散りになったからだ。
モーリンの王国を襲った恐るべき運命について彼が語ると、トリスタンはともに悲しみ、励ましを与えた。
盗賊や怪物などの危険が増し、ウェルグレースの安全が脅かされていること、それゆえにこの度モーリンに来訪を請うたのだというトリスタンの訴えを聞くと、モーリンは即座に助力を約束した。
トリスタンは感謝し、寝泊まりの場所として町はずれの屋敷を使うよう勧めた。その屋敷は今や住む者もなく荒れているが、自由に改装してかまわないということだった。
トリスタンの家令、荘園管理者であるボルスがモーリンを屋敷まで案内した。
屋敷はところどころ朽ち、内装は傷み、半ば廃墟のようですらあったが、国を焼かれ自らの居所ももはや無いモーリンにとって、そんなことは問題ではなかった。
広い談話室の床に疲れ切った体を横たえ、窓外に暮れる日をぼんやりと眺めながら、モーリンは故郷を思った。
むろん彼は王国の復興を望んでいたが、数々の悲劇と散らされた氏族のことを思うと、それは遠い遠い夢であった。
モーリンはひとり眠りに落ちた。
金くれ