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デイヴ・パイク、ジム・ホール&ロン・カーター、ハービー・マンほか:Sonny Rollins' "St. Thomas"各種

先日の「Oregon Guitar Quartet - Covers:ビート・ミュージックのクラシックへの逆流 」という記事の最後に、この盤でカヴァーされた曲のオリジナルや大昔のカヴァー・ヴァージョンを並べて聴き比べをしたことにふれ、とくに、ソニー・ロリンズ作のSt. Thomasが、それほど有名曲というわけでもないものだから、並べて聴いたら新鮮で面白かったことを書いた。


Oregon Guitar Quartet - Covers


あれはオレゴン・ギター・カルテットに関する記事だし、すでに長々と他の曲の検討に文字を費やしたあとだったため、それ以上踏み込むわけにはいかず、ちょっと念が残った。

あしたの紅顔も夕べには白骨となる、まして当方、紅顔などと厚かましいことを云える年齢ではない、お骨になるのは「♪これからもうすぐ、まもなーく、じきに」かもしれないのだから、残った念は素早くはらしておくべし。St. Thomas全ヴァージョン棚卸を執り行う。

◎デイヴ・パイクのストレート・ラテン・レンディション

当方、年来のヴァイブラフォーン・マニア、したがって、わが家にあったあらゆるSt. Thomasの中で、このデイヴ・パイク盤がもっとも楽しめた。


Dave Pike - Limbo Carnival, 1962


インプロヴの最中、パイクが自分の叩くフレーズをスキャットするのだが、その「歌」がヴァイブのフレーズにぴっちりくっつきすぎず、かなりテキトーなのも好ましい。あれはプレイするフレーズそのままでは面白くもなんともないものなのだ。

パーカッションはレイ・バレートーのコンガがメイン、ドラムはそれを補佐する程度の位置なのだが、それが幸いして、右手はライド・シンバルに固定され、両手でパラディドルを入れたりしないため、額に青筋を浮かべずに聴ける。4ビートのドラマーのほとんどは左手と右手をバランスよく使えないものなのだ。基礎訓練を受けていない人はそうなる傾向が昔はあった。

◎超高速マンデル・ロウ盤

マンデル・ロウのSt. Thomasでドラム・ストゥールに坐ったニック・セローリ(イタリア発音を維持しているなら「チェロリ」だろうが)は、テーマのあいだはハイハットの両手16分で、無難にやっているし、右手ライド、左手スネアに移行してからも、サイドスティック・プレイの精度が高く、サウンドも濁っておらず(下手なドラマーはサイドスティックの時、カンと抜けのよい音を出せず、コンと鈍い音を立てる)、気持がいい。


Mundell Lowe - Souvenirs


しかし、テンポが速すぎて、あまりいいグルーヴではない、というか、速すぎるとグルーヴは生まれず、いいも悪いもなくなってしまう。ロウはちゃんと弾いているが、ただそれだけのことに過ぎず、味もイワシの頭もあったものではない。

◎ビリー・テイラーと四本のフルート

ビリー・テイラーのSt. Thomasは、ハービー・マン、フランク・ウェス、フィル・ボドナー、ジェローム・リチャードソンという、四人のフルート奏者をフロントに立てた企画盤に収録された。


Billy Taylor - With Four Flutes, 1959



スモール・コンボの管楽器や弦楽器がしばしば四人編成になるのには意味がある。三人だといわゆる「三和音」、ドミソだのレファラだのシレソだの(コードでいうとC、Dm、G)という当たり前の、単純な響きにしかならないが、もうひとつ音を加えられると、いわゆる「テンション」のついた複雑な和音、たとえばディミニシュだのオーグメントだのというものがつくれる。これが、弦楽四重奏団は掃いて捨てるほどあるのに、弦楽三重奏団というのは見当たらない理由だと考えている。作曲家は三音より四音のハーモニーを好むのだろう。

四人はいずれもノーマルなフルートをプレイしたようで、クレジットにはピッコロ・フルートやベース・フルートなどの音域の異なるフルートは記載されていない(日本では「ピッコロ」という略称しか使わないが、米盤のクレジットではたいていがpiccolo fluteとされている。bass flute、flute、piccolo fluteというほうが、同じ楽器の音域が異なるヴァリエイションであることが明確になるので、略さずに、きちんと「ピッコロ・フルート」というべきだと考えている)。

四本のフルートの響きを聴かせることを目的とした盤なので、ビリー・テイラーのSt. Thomasも、イントロはテイラーのピアノがやっているが、テーマをプレイするのはフルートだし、当然、ユニゾンではなく、ハーモニーでやっている。たしかに、ラテン風味の曲に合った涼しげな響きで、なかなかけっこうな味わいである。



しかし、耳を引っ張られるのは、テーマのあとの、ピアノのインプロヴのほうだ。左手はまばらに軽くコンピングを入れるだけで、あくまでも右手中心、それも和音僅少、ほぼシングル・ノートでのソロなのだが、このラインの作り方がきれいでよろしい。コンピングの和音構成もセンスを感じる。そこらは、本職アレンジャーゆえに、なのだろう。

◎ハービー・マンの二種

ほかにもやっているのかもしれないが、わが家にあるハービー・マンのSt. Thomasはふたつ、African Suite, 1959およびThe Common Ground, 1960に収録されたヴァージョンである。

African Suiteは1959年録音で、ハービー・マンも参加した上記ビリー・テイラーのSt. Thomasと同じ年のものなのだが、テイラー=1959-07-20および07-24録音、マン=日付不明で、録音の先後の判断はできなかった。


Herbie Mann - African Suite, 1959


テーマは、はじめ、フルートとヴァイブラフォーンが同じタイミングでプレイするのだが、二度目はヴァイブが先に行き、1小節後にフルートが追いかける「輪唱」スタイルでやっていて、クレヴァーなアレンジである。

インプロヴは、ヴァイブ、フルート、ピアノの順で、ヴァイブラフォーン・マニアとしては、当然、ジョニー・レエのプレイを心地よく感じた。デイヴ・パイク盤と同じことがいえる。ヴァイブ向きの曲なのだ。

もうひとつのCommon Ground収録のヴァージョンでも、ヴァイブラフォーンは入っているし、プレイヤーも同じジョニー・レエである。まあ、インプロヴについては、African Suiteヴァージョンのほうがいいと思うが。


The Herbie Mann Afro-Jazz Sextet + Four Trumpets - The Common Ground, 1960


アーティスト名がThe Herbie Mann Afro-Jazz Sextet + Four Trumpetsとなっているように、四本のトランペットをフィーチャーするという、あまり例のないスタイルをとっている。上述のビリー・テイラーによるフルート四本にヒントを得たのかもしれない。

しかし、フルートとは違い、トランペットの音は強い。昔、チェイスというバンドがあり、やはり四本のトランペットをフィーチャーし、Get It Onという曲をヒットさせたのだが、これがもうヤカマシイのなんの、来日ライヴをテレビで見ていて、辟易して、チャンネルを替えた。

音域の高い金管楽器というのはつねに「使用上の注意を守りましょう」なのだ。ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスの2トランペット・リードも、ウェスト・コースト・ジャズの大立者だったショーティー・ロジャーズのフルーゲルホーン盤が売れたのも、あの注意深い音の扱いのおかげだった。

The Herbie Mann Afro-Jazz Sextet + Four Trumpetsは、金管集団のかまびすしさを、ミキシング・オフによって回避し、聴きやすい音にしている。遠くで鳴く蝉の声のようなものだ。しかし、そのぶんだけ存在感は稀薄で、これならトランペットなしでもいいんじゃないの、であった。

◎ジム・ホール盤あれこれ

うちにはジム・ホールのSt. Thomasが五種ある。統計の母集団が小さすぎるが、いちおうSt. Thomas最多録音記録保持者である。わが家にあるジム・ホールのリーダーおよびコ・リーダー盤は30枚にすぎないのだから含有率は非常に高い。St. Thomasは彼がもっとも好んだ曲のひとつと云って大丈夫だろう。

その中で最古の録音は1973年のロン・カーターとのデュオ盤のものだ。ジム・ホールの特徴は高精度なピッキングと運指ゆえの濁りのない綺麗な出音なのだが、St. Thomasはラテン風味の曲なので、コード・カッティングを多用しているため、ジム・ホールを聴いている気分はあまりしない。


Jim Hall & Ron Carter - Alone Together, 1972



ロン・カーターは大好きなのだが、マイルズ・デイヴィスは好みではなく(ピッチを外しすぎる)、楽しめる機会があまりない。こういう風に低音をマスキングしてしまう「上物」が僅少で、しかも、その上物が非常に高精度なプレイを特徴とした人だし、St. Thomasというのはリズミック・センス、持って生まれたグルーヴが験されるタイプの曲なので、ロン・カーターのベースを楽しむには最適といえる。

つぎは十年近く飛んで1982年の、またしてもロン・カーターとのデュオ、Live At Village Westだ。途中からギターのヴォリュームを絞り、ピックアップを通さない生音でコード・カッティングをしたりしている。録音のおかげで、ロン・カーターのベースはこちらのほうがクリアな音で、すばらしいグルーヴを楽しめる。


Ron Carter & Jim Hall - Live At Village West, 1982


つぎは1989年のThe Complete Jazz Heritage Society Recordings (Live at the Townhall)で、名義はジム・ホール単独だが、これまたロン・カーターとのデュオ。しかし、ベースはエレクトリックで、ひょっとしたらエレクトリック・アップライトかと思って調べたが、ふつうのエレクトリック・ベース、リッケンバッカー製のものを弾いている写真しか見つからなかった。


Jim Hall - The Complete Jazz Heritage Society Recordings, 1989


たとえばスティーヴ・スワロウのように、アップライトとエレクトリックでは別人のようなプレイをする人もいるが、ロン・カーターはそんなことはなく、エレクトリックでもあの見事なグルーヴは健在(スワロウのグルーヴがエレクトリックで死んだのは本当に残念)、ただし、サウンド自体はあまり好ましくない。


ロン・カーターとリッケンバッカー



2004年のMagic Meetingでは、ジム・ホールはギターに何かイフェクター(コーラスらしい)をかけて音を加工していて、オールド・ファッションドなジャズ・ギターを好む人間としては、こういうものを聴かされてもねえ、と困惑する。


Jim Hall - Magic Meeting, 2004



ただし、それを補うように、インプロヴの最中にピックアップを通さない生音に切り替えていて、ハイ・ポジションの音は凡庸だが、オープン・コードは素晴らしい響きで、フィル・スペクターが愛したエピフォン・エンペラーの生音を思いだした(あちらはハイ・ポジションでもきれいな出音なのが違う)。この時の使用ギターはサドウスキーのジム・ホール・モデルらしい。


ジム・ホールとサドウスキー・ジム・ホール・モデル・ギター


最後は2010年のジョーイ・バロンとのデュオ、Conversations収録のヴァージョン。バロンはドラマーなので、音階のある楽器はギターのみ、好みの分かれるところで、わたしはあまり楽しめなかった。

フロント・カヴァーにはダキストのジム・ホール・カスタムのマシンヘッドが映っているので、このアルバムでは、サドウスキーではなく、ダキストを弾いたらしい。


Jim Hall & Joey Baron - Conversations, 2010
Jim Hall Customというロゴは貝殻細工を象嵌したらしい。この形では面倒な細工になっただろう。


St. Thomasのこのヴァージョンは、全編がピックアップを通さない生音なのだが、開放弦の音を比較すると、サドウスキーのほうが好ましい。まあ、こういうのは、ネックの形状や指板の感触、総体としての弾きやすさ、特定の音域での響きなどがからむので、外野の想像力のおよぶ距離はかぎられているのだが。

ジム・ホールは古いスタイルのジャズ・ギターを象徴するような存在で、あくまでもそういうものが聴きたくて彼の音楽を集めてきた。St. Thomasはグルーヴの音楽で、わたしがいだいているジム・ホールのイメージからはずれる。

St. Thomasを何度もプレイした理由も、たぶん、そのへんにあるのだろう。大方が考えるイメージと、セルフ・イメージは当然、合致しない部分があるもので、ジム・ホールも、彼のスタイルとは思われていない、ファンク・ミュージック的な側面のあるSt. Thomasで、そういうものを表に出したかったのだろうと感じた。

◎本家ソニー・ロリンズ・ヴァージョン

うちにあるソニー・ロリンズのSt. Thomasは、The Complete Prestige Recordingsに収録されたオリジナルと、The Complete Sonny Rollins in Japan収録のライヴ・ヴァージョンという二種のみ。サックスは集めていないので、ロリンズもあまり持っていないのだ。

Sonny Rollins - Saxophone Colossus, 1956


The Complete Prestige Recordingsは近年の編集盤、オリジナル・アルバムは1956年のSaxophone Colossusだそうで、その収録全5曲のうち、3曲がロリンズ作、そして、St. Thomasはアルバム・オープナーの位置にある。

しかし、これは、なんだかなあ。軽快な曲なので、はっきり云ってサックスには不向き。ヴァイブラフォーンやフルートでやるほうがはるかに気持のいい曲で、どう聴いてもロリンズ向きには思えない。ドラムがタイムの悪いマックス・ローチなのも、バッド・グルーヴを生んでいる。オリジナルがいちばん不出来だった。

◎孝行糖の本来は?

わが家の管楽器コレクションは貧弱なので、ほかにSt. Thomasをやったアーティストがいるかと思ってウィキを見たら、作者クレジットはロリンズとなってはいるものの、もともとはバハマの俗謡だそうでパブリック・ドメイン、ロリンズはそれを採譜ないしはアダプトしただけらしい。

大納得。ぜんぜんサックス向けではなく、ロリンズ的でもない、陽気な軽快さのある曲で、ヴァイブラフォーンでやったヴァージョンを聴いていると、これって、オイル・スティール・ドラム(スティール・パン)でやったら最高なんじゃないの、と思った。カリプソ味があるからだったのだ。


Sonny Rollins - The Complete in Japan., 1973
客は喜んで大騒ぎしているが、このSt. Thomasも面白いとは思わない。


なんだよ、と拍子抜けしたが、しかし、ロリンズがどうしてこういう彼のスタイルには不似合いな、しかも、サックスでやるのにも不向きな曲を書いたのか、という疑問はきれいに氷解したので、まあいいじゃないの、と自分の肩を敲いておく。

しかし、ウィキのSt. Thomasのエントリー、他のヴァージョンとしては2種しか言及しておらず、毎度のことながら、こいつらみんな音楽なんか聴かない輩なんだなあ、と腹が立った。

◎さらなる聴き比べ、までは行かずも……

じつは、上述、オレゴン・ギター・カルテットの記事を書いた時に、All the Things You Are、Tequila、Sleepwalkの聴き比べもした。St. Thomas聴き比べが簡単に終わったら、そのへんにもちょっとだけ触れようかと思ったが、これはそもそも無理な相談だった。

とてもじゃないが、各ヴァージョンにふれることはできないので、座興として、All the Things You Areをやったアーティスト名一覧というのをつくってみた。お暇な方はご笑覧あれ。


All The Things You Areを収録したハンク・ガーランドのJazz Winds From A New Direction, 1960
ヴァイブラフォーンはまだ十代だったゲーリー・バートン、ドラムズは安心のジョー・モレーロ。


Nino Tempo & April Stevens
Jo Stafford
Judy Garland
Frank Sinatra
富樫雅彦&菊地雅章
Michael Jackson
Paul Buskirk
Hank Garland (with Gary Burton)
MJQ
Terry Gibbs
Howard Roberts
Attila Zoller + Hans Koller + Martial Solal
Baden Powell
Bill Harris
George Benson
Grant Green
The Guitars Inc.
Jack Marshall & Shelly Manne
Ron Carter & Jim Hall
Jimmy Raney
Jimmy Wyble
Joe Pass with Red Mitchell
John Lewis & Sacha Distel
Johnny Smith
Lloyd Ellis
Lou Mecca
Louis Stewart
Marcel Bianchi
Rene Thomas
Sal Salvador
Tal Farlow
Vic Juris
Wes Montgomery
Bernard Peiffer
Dave Brubeck
Elmo Hope Trio
Lennie Tristano
Thelonious Monk
Marty Paich Quartet featuring Art Pepper
Booker Ervin
Bud Shank
Buddy DeFranco
Charlie Parker
Chet Baker
Dizzy Gillespie
Don Ellis
Donald Byrd Quintet
Johnny Griffin
Lee Konitz
Paul Desmond & Gerry Mulligan
Sonny Rollins & Coleman Hawkins
Stan Getz
Stan Kenton
Lou Levy Trio
Jimmy Rowles Trio
Andre Kostelanetz
Art Van Damme
Billy Vaughn
Bob Crewe
Bob Thompson
Don Ralke & His Orchestra
Harpo Marx
Lalo Schifrin
Lincoln Mayorga
Stradivari Strings
Danny Williams
Andre Previn
Helen Forrest
Larry Coryell
Hapton Hawes Trio
Artie Shaw Orchestra
Herb Alpert
Tony Mottola
Dion & The Belmonts
Les Baxter
Mantovani Orchestra
Norrie Paramor
Paul Weston
Jack Jones
Ray Conniff
Django Reinhardt
Yehudi Menuhin & Stephane Grappelli
Peter Sellers

さすがに、ジャズ、ポップ、ラウンジと、ジャンルを横断して録音されたスタンダードだけあって、名前を見ているだけでも笑みが浮かぶ多士済々ぶりだ。

わたしの好みは、アート・ヴァン・ダム(アコーディオン)、ハーポ・マルクス(ハープ)、イエフーディー・メヌヒン(ヴァイオリン)、ハンク・ガーランド(ギター)、ジョニー・スミス(ギター)といったあたり。いや、ほかにもいいヴァージョンはたくさんあるのだが。


Yehudi Menuhin & Stéphane Grappelli - Friends in Music
メヌヒンのスタンダード曲カヴァーを集大成した箱で、素晴らしい音が詰まっている。



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