短編 ドブスを演じた男

”The Man Who Played DOBUS”

俺はいわゆる一発屋芸人だった。
先輩の阿知波さんの口癖である『全てが憎い』をギャグにして、ちょっとテレビに出たりしていた。
芸名は、ドブス顔面キモ人間。
ただ、『全てが憎い』がブームになった時には、テレビ出演も朝から夜までぶっ通しの日が普通にあった。
僕のネタの元ネタはあの阿知波さんだ。あのセリフや世界観は阿知波さんしか持っていないことだから、僕の再現には限界があった。やっぱり、本人がオリジナルだし、それを超えることはできない。
カバー曲でしか有名に慣れない歌手と、僕のネタは似たようなものだった。

そんな僕だが、ブームがひと段落してきた時に、阿知波さんと喫茶店で直接会う機会を得た。

「あの、阿知波さんですよね?」

「あら、君がその私のことをネタにして有名になった子?」

「はい!それで『全てが憎い』それが僕の大ヒットコンテンツになっちゃったんです。本当にありがとうございます!」

「あら、それは良かった。でも、『全てが憎い』って、そんなにポジティブな言葉じゃないわよね」

「そうですね、でも皮肉なんですよ。何もかもが嫌で嫌で仕方ない、でも実は愛してるっていう…感じです」

「なるほど、ちょっと皮肉が混じってるのね」

「はい、まぁ、そうです。でも、このネタももう3年も前のことなんですがね」

「あら。3年なんて、まだ最近じゃないょ。あんたまだテレビにも出てますよね~?」

「いや、レギュラーは、もうゼロです」

「あらやだ。ほんとぉ、それは大変ねぇ」

「はい、そうすね。ちなみに、阿知波さん、これからちょっと笑いのネタを提供してくれませんかねぇ?最近ちょっと、スランプ気味で…」

「やぁね。だめょ」

「えっ…」

「私だって、あんたが作った変なギャグのせいで嫌な思いしたこともあるの。二次被害ってやつ?だから、もう結構なのよ。それじゃ、失礼して」

こういって、阿知波さんはキツイ香水の匂いを残して、そそくさとその場から立ち去ってしまった。

『全てが憎い』なんて、所詮はくだらない一発芸だった。
誰の記憶にも残らない駄文だ。
でも、僕の人生においては芸能界と言う新たな世界へと旅経つ大きな分岐点となった大きな出来事だ。
阿知波さんには意外と小さな出来事だったのかもしれないけど、僕にとって『全てが憎い』は偉大なコンテンツだった。

終わり

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