見出し画像

アンチRPG目線で見るライブアライブ

中世~最終編に感じたメタフィクション的演出についてとアリシアの話とそのほか雑記 

ゲームが好き。ゲームに付随するあらゆるものが好き。その位置取りを続けるとどうなるか、メタフィクション演出が大好きになる。
というわけでメタフィクションにめちゃくちゃ弱いゲーマーなので、ライブアライブには見事にやられた。間違いなく名作だし、遊べてよかった。

作品テーマとロゴ

かっこいいロゴ

語られ尽くされている話だろうが、ロゴが非常にいい。
Aを中心にLIVEの文字が反転されて配置されている、LIVE A EVIL。
視覚的には鏡文字になっているが、反転している部分はEVILという別の単語としても読める。
ライブアライブはオムニバス形式のRPGとなっているため、主題が掴みにくいが「悪と正義の間に明確な線引きなどない」「誰しもが悪になるだけの素質を持つ」というテーマは読み取れるはず。(+αの部分は最終編の主人公が誰かによって変わる)

「主人公」と「悪役」の役割をハッキリと分けた単純明快な物語構造を持ちがちなRPGにおいて、このテーマを取り扱おうとした判断・表現力が好き。それを踏まえた際のロゴのクオリティの高さが好き。テーマの実現を極めて高水準で達成しているゲームだと思う。

sad end

各編のボスを操って各主人公を倒す流れ。勝利したものが正しいとされるというのはゲームの摂理だ。負けた先に基本的に道などない。それを覆すことができるのはおもしろい。
欲を言えば勝利した時点で終わるのではなくて、その後の追加のワンシーンが見たかった…けどオルステッドのコメントがあるだけいいかな。
原始編とSF編のコメントが好き。恐竜に「そもそもお前が人類を滅ぼすべきだった」みたいなこと言ってるやつ。

戦闘のシステムが、他に類を見ないくらいプレイヤーが操作する側に絶対有利に作られている(敵は先制行動を行えない、敵は方向転換や移動だけで1ターン使ってしまう)ため、主人公とボスとの2者はプレイヤーが介入した方が勝つバランスの上に成り立っていることがわかる。そういう意味でも好きなパート。
ブリキ大王とかどうやって倒すの?と思っていたのに、プレイヤー有利の非対称な戦闘システムにより全然勝ててしまう。
サッドエンド、本当にいいシークエンスなのでもう少し作り込んで欲しかったけど まああくまでオマケなんだろう。

ラストシーンの視点

そぼろの立ち方好き

主人公たちとオルステッドの立ち位置の逆転について。
この演出、リメイク前からこうなんだろうか?3Dマップならカメラを回すだけで実装できるが、2Dでこの手間を踏んでいるのは好感が持てるというか、2Dの方が立ち位置による文脈が強そうだと思う。

ゲームにおける「立ち位置」や「進行方向」が歴史的に持つ文脈を活用した錯視や演出のギミックが好き。
有名なのは【Braid】で、マリオのアクションをパロディすることで「画面左から右へ進行していくのが時間軸上正しい」という先入観を逆手に取ることで終盤のギミックを成立させている。
画面レイアウトが固定されている接客ゲーム【VA-11 Hall-A】において、客の一人が酒を提供するマシンをハックし、無理やり主人公を客の立場に引きずり出す演出。
フリーゲーム【OFF】では、通常戦闘の敵と味方の配置と、ゲーム内ゲームで配置が逆になるギミックが存在した。
それらを彷彿とさせるこの演出は、オルステッドあるいはオディオの「誰しもが魔王たりえる」主張にハマったいい演出だと思う。

エンディングでの主人公の発言

おぼろ丸しか見ていないので、おぼろ丸についての話になる。また、ゲームについて考えるにあたって真っ先に見た動画を共有する。(こういう動画、大好き)

ここでは「オルステッドは中世編でどう立ち回ればよかったのか」について、ユンのセリフの中に回答があるという姿勢を取っているが、個人的にはおぼろ丸のセリフも示唆に富んでいると感じる。
後半の「人を信じる」とかいう月並みの主張ではない方だ(この期に及んで人を信じることについて語られるオルステッド、可哀想)

拙者も…以前は命じられるままに人を斬るだけであった… だが気付いたのだ…闇雲に人を斬ってはならぬこと…
知らなかったの!?

誰しもがオディオになり得るという話の中で、オルステッドへの共感(「拙者も」)を示しているのが面白い。
事実おぼろは、行為自体は主人公勢の中で最も魔王の素質がある(憎悪なく人斬りをする 行為は魔王に近くて、動機はオディオから遠いという変な主人公)。
オルステッドはロールプレイに縛られた悲劇の勇者だが、おぼろ丸もある種対局の立場でロールプレイに縛られていると私は考える。

幕末編はストーリーが薄い反面、シナリオの自由度が高い。自由度が高いとはどういうことか?主人公の役割の幅が広くなり、一方で主人公の人間性は失われる。

不殺を目標とするおぼろ丸、100人斬りを目標とするおぼろ丸、適度に殺すおぼろ丸、忍びの道を貫く、坂本竜馬に従う、里を抜ける……一貫した使命はある(使命に背く里抜けはバッドエンド)が、おぼろ丸は与えられた役割に対して自由に振舞うことができる。一方でおぼろの各行動に一貫した人間性を見出すのは困難である。

こいつどんなモチベーションで100人斬りやってんの?何で唐突に里抜けしてんの?…おぼろ丸の人格はプレイヤーの行動によって変わってくるだろう。
私は殺人鬼おぼろ丸を信仰していたため突如梯子を外されたが、上で引用したセリフはとっ散らかったおぼろ丸の人格を一つにまとめるセリフとしてうまく機能していると感心する。
主人公に指名したキャラクターをこの先一切動かせなくなるタイミングで「かつては命令のまま行動していた」「無闇な殺人はダメだと気付いた」と発言させることで、おぼろ丸をプレイヤーの操り人形の立場から解放している。

役割との関わりが自由であるが故に人格のないおぼろ丸が、役割に縛られるが故に人格のないオルステッドに共感を示している。
「拙者も以前は命じられるままに人を斬る」の「拙者も」は「同じように残虐行為をしていた」ではなく「同じように命じられるままに動いていた」という意味だろう。
これはオルステッドがおぼろの戦う理由を「忍びの鉄の掟のため」と分析していることからも明白だ。オルステッドが戦う理由の一つは、掟(王からの依頼/ゲームの示した目的)があったからで、しかしエンディングを前におぼろ丸はその呪縛から放たれている。
……やっぱおぼろの立ち位置って役割に束縛されるオルステッドにとって重要じゃない?

ところでオルステッドを役割から解放する手段はない。一部で「オルステッドを救うためには中世編でゲームを中断する」というラブデリック解釈がなされているらしいが、それも一つの正解かもしれない。

私はおぼろだけしか見てないが、おぼろのセリフはかなりメタフィクション的に面白いと感じた(ゲームのキャラクターがプレイヤーの呪縛から解き放たれたセリフっぽい)ので、他のキャラクターのセリフもオルステッドと絡めて考察する価値はあると思う。

役割に縛られるオルステッド

ザルすぎる

はじめ中世編をやっていて「あまり面白くないな」と感じた原因は、オルステッドへの共感できなさだった。後々意図的に感情移入できない作りになっている事が判明していくことで、評価を改めた。

オルステッドは「古典的な勇者観」あるいは「物語の定める流れ」に縛り付けられており、行動原理が全く分からない。特に分からなかったのが「アリシアへの執着」「ストレイボウを省みない」「追放後城に戻る」の3点。
アリシアは長くなるので詳細を分けるが、魔王山の崩落によりストレイボウが閉じ込められた際に声すらかけないのは驚いた(ハッシュに構おうとするとストレイボウが「死人に構っている場合か!」と言う一方で、扉を調べてもウラヌスが何も言わないので、RPGの無口主人公の都合でそう見えるのではなく、本当に省みなかったのだろう)。

王様を殺害し、城から追放された後 フリー行動になるが、目的地レーダーが反応しない上 オルステッドが何を考えているか全く分からないので、本当に何をしていいのか分からなかった。村と勇者の墓のイベントを見てなお、魔王山で魔王を討って誤解を解くなり、自分にかけられている呪いを解くのだと考えていたため途方に暮れて攻略を見た。魔王山は一切進行フラグに関係ない。オルステッドが何故城に戻ろうと考えたのか、清々しいほどに共感ができない。

ところでプレイヤーにはバイアスがかかるので、オルステッドを見て「共感できない物語の奴隷」と切り捨てる人もいれば、「主人公は共感できるもの」という先入観のもと、無理にでもオルステッドへの共感を試みる人もいる。(先のテーマと合わせて、このバイアスを誘発させているのがライブアライブの面白いところだと個人的に思う。)

この描写で特にバイアス無く心からオルステッドに共感できる人?……知らん。

舞台装置アリシア

この鳥はなんだよ

ゲーマー人生における2大嫌いなもの、「悲しくない死」と「好きでもない恋人」。前者はぽっと出のキャラを雑に殺して感動できそうな雰囲気を作り出す展開で、後者はそれの恋愛バージョン。アリシアは清々しいまでに「好きでもない恋人」だった。

プレイヤー目線では最初からアリシアはどうしようもない。何か武闘大会で優勝したら結婚することになったぽっと出の女だ。数回会話しただけの女が攫われたので救出する、これで話を牽引しようとする姿勢は「勇者は王に命ぜられ姫を助けるもの」というRPGのお約束を信用しすぎている。

面白いのが、プレイヤー目線のアリシアは何の思い入れもないぽっと出の女でいいとして、せめてオルステッドに共感してアリシア救出のモチベーションを高めようと思っても、オルステッドから見たアリシアも数時間一緒にいただけのぽっと出の女なのだ

当時のTwitter

見た事ある映像しか流れない回想を見ながら、プレイヤーは仕方ないとしても、オルステッドのために「過去に一目惚れした相手だった」「身分を気にしていない幼少期に三人で遊んでいた」みたいな捏造回想でもつけてくれよ…と当初は思っていた。中世編のラストから逆算すると、これはRPGへのアンチテーゼを貫くために 敢えてアリシアを「なんの思い入れもない女」として描写した結果なのだと認識を改めた。

「王様に命じられた」「妻だから」助けたい はまだ動機として納得できる、「自分を信じてくれるであろう唯一の存在」として心のよりどころにするのは、状況を考えても異常だろう。
ここら辺は明らかに、意図的にオルステッドに共感をさせないように作っていると感じた。

(余談)スクウェア三大悪女 アリシア

なのでアリシアがプレイヤーから口汚く罵られていたことに驚いた(そもそも人格のないトロフィーに期待をしてなかったので裏切られたという認識がなかった)。
制作陣も好かれるポジションとして描いてないだろうが、ここまで嫌われているのは想定外なんじゃないだろうか。
あそこまでボロクソ言われているのが納得いかないのでフォローを試みる。

心変わりをするのは酷い→これは分かる
「あなたを信じます」と言っていた女が自分ではない男を選ぶのは酷いと思う。ただアリシア目線で「信じていたオルステッドは助けに来てくれなかった」「ストレイボウは助けに来てくれた」のは事実だし、プレイヤー目線でオルステッドが姫の救出を目的に掲げている割にはまどろっこしい動きをしていたのも事実だ。
(王殺しの罪をオルステッドに追わせようとした)ストレイボウが、アリシア救出に際してオルステッドの悪口を吹き込んだのも想像に難くない。下手するとアリシア目線は「先に裏切ったのはオルステッド」という認識になっている可能性すらある。そういう意味では心変わりに関しては情状酌量の余地があると思う。
アリシアの感情の軽さを言うのであれば、そもそもオルステッドとアリシアの絆は軽いどころの話じゃないから当然の帰結じゃない?と思う。

アリシアはストレイボウの凶行をすべて知った上でストレイボウの味方をしている→これが分からない
たまにアリシアが当然全てを知っている前提で批難されているのを見るが、そういう風に解釈してなかったため、普通に驚いた。サリーとアン課題?
その解釈を聞いて「アリシアが全てを知っていた」可能性を検討した。確かに魔王山に滞在し続けているのは不自然なので、ストレイボウの話を全部聞いて、同調して二人でオルステッドを陥れる計画を共有したのか?とも考えたが「オルステッドって本当は酷い人なんですね!命の恩人のストレイボウさんの復讐に協力します」の方向性が「王様殺しの罪をオルステッドに被せてやろうぜ!」になるわけないだろ。
あの位置取りの会話がアリシアに聞かれていないはずがないのでアリシアは2人の会話を聞いていた!いう説も、ストレイボウは「オルステッドを出し抜いたこと」をアリシアに知られるとすべてが破綻するため聴こえる状態で話す方が不自然。なので個人的にはそんなわけないだろと思う。
私にとって「アリシアがストレイボウの凶行を知っていた」と判断できるだけの材料はなかった。

【追記】全部知ってる or 大体知ってる or ストレイボウの話が聞こえてた人が「どうして来てくれなかったの!?」なんて言うわけないだろ。

後追い自殺について→理解できない
メンヘラ女が嫌いなのでこの流れは「メンヘラ同士勝手にやっててくれ」と思ったが、「後追い自殺をする」のは「悪女」の要件として成り立たつのだろうか。オルステッドを苦しませるために死んだのではなく、ストレイボウの死に絶望しての自殺だ。誤解を解くだけの材料がオルステッドにはないため、自殺しなかったらどうなるんだとも思う。

要はメタ目線、オルステッドを魔王にするための大いなる意志によってストレイボウもアリシアも狂っていたんだろうから、正気じゃない人間の行動を論ってどうこう言う気にはなれなかった(これはリメイク版で魔王山の狂気が分かりやすくなっているが故の認知かもしれない)。

「ずっと一緒にいます」と言って自殺したクセに死後一緒にいない→これが全然わからん…
心のダンジョンって本人らの希望で配置が変わるの?
心のダンジョンで反省していないのが決定打!という意見もあるが、①反省してないのか②反省できるだけの判断材料があるのか③そもそも反省する必要があるのか…の3点は考慮されるべきだと思う。
①「あの人を止めてください」のセリフ1つで反省してない!と判断できるか?
倒してくれでも殺してくれでもない。もっとハッキリと悪辣な事を言っているならまだしも、これ自体はいいようにも悪いようにも解釈できる発言だと思う。
メタ目線で言えば ド根性グラブと一緒に配置されているのは、絶対にアリシアにだけはテレパシーを使って欲しかったからで、このセリフを主人公らに聞かせることで 主人公ら目線での目的意識を動機付けるのが目的だと思う。
っていうかアリシアは心のダンジョンでフォローしたという開発陣の証言があるという噂を聞いた、だとしたらこのセリフを悪意的に受け取る理由はない

②アリシアは全てを知っていたのか?
心のダンジョンに閉じ込められている他の人々のセリフを網羅しているわけではないので断言できないが、死んだらことの顛末の全貌が分かるのだろうか?そういう設定でないのであれば、特に時系列で言えば終盤に死んだアリシアが、どのくらい事態を把握しているのか判断する術はないのでは(ハッシュの理解が深いのは死亡までオルスの側にいた+死んでから見えている光景が多いためではないか?)。

③知らないのだとすると反省しようもないのでは?
事実としてオルステッドは魔王化してしまうため、「死んだ瞬間魂は全知全能となる」のでもない限り 生前のアリシア→死後のアリシアの目線で見えるものは「なんかストレイボウが殺されたので後追い自殺したらオルステッドが人類滅ぼし始めた…」程度のものなのではないか?

このスクショしかなかった

そんな感じ。どうしても書きたくて メタフィクションと全く関係ない部分で盛り上がってしまった。
ここら辺の認知の錯誤みたいな話は結構好き(「共感する」より前に「主人公だから」が付いてしまう現象/宝石の国のフォスにしか共感できないから相手が不老不死の異形であることを忘れて人間の摂理でフォス以外を非難しフォスだけを応援するみたいな話)。
アリシアを憎悪しているプレイヤーがきちんとオルステッドに感情移入できているか?と聞かれたらそうでもないと思うし(多分オルステッドがあの場面で感じたのは裏切られた怒りじゃなくて絶望なんじゃないか(セントアリシアの描写からして)+確かにアリシア目線から見れば「自分を魔王から助けた恩人を殺した男が迫って来ている」と思っても仕方ない状況で、そこに遣る瀬無さを感じたと言うか)。

アリシア、好きになれるタイプのキャラではないけど、嫌われっぷりがとても「正義と悪は単純二分できるものではない」「憎しみあるいはオディオ」が出てくるゲームのキャラクターではない。

キャラクターへの苛立ちで言えば、おぼろの「人を信じる力云々」の方がイラっと来た(オルスが人間不信に至った過程を見てると無責任にクリティカルな地雷を踏むような迂闊な発言をするなよと思う/この発言をプレイヤーにどう思わせたかったのか分からない)。

心に移り行くよしなしごと

・「ストレイボウは勇者にも魔王にもなれなかった」という評が好き
・「あの世で俺に詫び続けろ!」とか言ってた人があの世で詫び続けてそうなのも好き
・「詫び続けろ!」されるまでストレイボウを呑気に信じていた(節穴すぎる…)ので、魔王が当然いて、オルステッドを助けるために全主人公が集結するんだろうな…と思っていた。

オルステッドから主人公への問いかけ

「他の連中は何をした?」と「何のために戦うのか?」
前者の問いについて、オルステッドが指示しているのは他力本願の民草なので「アキラにとっての松」や「ポゴにとってのゴリ」を挙げるのは違うんじゃないかな…(オルステッドもさすがにウラヌスとかは認めてるんじゃないか)。ただそれを差し引いてもLALには愚かな民草が少ないので どちらにせよ質問としては空回っている気がする(ポゴのストーリーラインが似ているという指摘に感心した/あれも場合によっては集落から永久追放されて全てを失う可能性がある/原始編には言葉によるコミュニケーションがないのがまた…)。

今回おぼろに絡めた考察を介して、後者の問いはかなり重要なのでは?と感じた。
おぼろ+高原+アキラ+キューブのパーティだったので「掟のためか?」「強さのためか?」「体制を変えるためか?」「産みの親のためか?」という問いだった。高原のメンタリティがおかしい+キューブのコミュニケーションが分かりにくいせいで誤認していたが、ここは本来「オルステッドが戦う理由の一つ」かつ「否定されるべきもの」が入るのがテンプレなのか?(アキラははぐらかし、おぼろは「己の道を信じるのみ」と否定していた…けどキューブの戦う理由はカトゥーのためであってほしいしそれが悪いとは思わない(中世編で対照すると親=王とか国になるのかもしれない?)、高原は普通に図星なので「そうだけど…」みたいな反応してて面白かった)(ちゃんと残りの3人も見よう)

そんな感じのプレイ雑感だった。本当に面白いゲームでした。遊べてよかった!

よければおぼろ丸のクソ記事もどうぞ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?