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比較にならないほど

謝罪焼肉後コンスタントにデートを重ねていく。
水族館に行ったりごはん食べに行ったり。
腕を組むこともなければ手を繋ぐこともない、距離は保ったまま。
気持ちがないからこそ我が道を行くわたしを、森山は敬語で「ひつじさんのお好きにどうぞ」って感じで。

まだ山田のことが好きだったから。
森山も、そのことは分かってたから。
でも決して森山からは何も話して来なかった。
だからわたしからも、進捗とかは一切伝えず。


契機となったのは秋口頃の某動物園。
朝9時に、待ち合わせ時間に相手を待たせたくないわたしは早めに家を出て、そしたら同じ考えだった森山が乗り換え中のところに偶然出くわした。
朝イチ集合にしたのは、長い時間、お酒なしでも一緒にいることができるか試したかった。

結論は、まったく退屈しなかった。

動物が好きな、勝手気ままなわたしの行動に嫌な顔ひとつせず、わたしの話に相槌を打ちつつ耳を傾けてくれることを、段々と心地良いと思い始めていた。
それでもまだわたしは山田のことが忘れられなかった。


園内を歩いていると偶然森山の勤務先の上司家族に出くわした。
森山の家も、なんなら上司の家もこの動物園からめちゃくちゃ遠いのに。
それも広い広い動物園の中の、タイリクオオカミというマニアックな展示の前で。
こんな偶然ある?と、付き合ってもいないのに謎の“見られてしまった感”で二人して照れ笑いをした。

動物園を出た後、わたしが気に入っているカフェに彼を連れて行きお茶をした。
森山のお誕生日のすぐ後だったからご馳走したかったのに何故か二人分支払おうとする彼とレジ前で笑いながらゴチャゴチャ揉めた。

「いやいや悪いですよ」
「いいから。黙って奢られなさいよ」
「いやいやそんな」
「いいから。いいんだってしつこいぞ奢られろ」
「はい」


その後近くの神社で一緒におみくじをひいた。
二人揃って凶。また笑った。笑いながら木の枝にくくりつけたら、わたしのくくりつけ方が雑すぎて「え、不器用か」と笑われ、結び直してくれた。

正直すごく楽しかった。
でも何故か山田のことを裏切っているような、罪悪感も湧いた。
帰りの電車で「この後ごはん行きませんか」を、明朝予定があるからとウソをついて断った。
ちょっとだけ残念そうな顔をしたのをわたしは見逃さなかった。

森山は確実にわたしのことが好きだ。
自惚れ屋だと思われても構わない。
だってあれほど冷たくて優しい山田とは比較にならないほど優しい。

だからわたしが嫌がることはしないし恐らく付き合うことにならない限り指一本触れて来ないだろう。


「ひつじさんと一緒にいるの楽しいです。自分は趣味とかあんまないし、いろんなことをよく知らない。ひつじさんは、自分からは行くことないだろう場所に連れていってくれたりして、ひつじさんが選ぶお店は全部美味しいし、自分じゃ思いつかない考えを持ってたりして、だから一緒にいて楽しいんです。これからもどこかへ、ご一緒したいです」

わたしが山田のことを好きなのを分かっていて、分かっている上でこんなことをまっすぐ言われて。
揺らがない女いるんですか?
言葉だけならなんとでも言える。そんなことはもう分かっている。
彼の気持ちに、自分を委ねてみてもいいかも知れない、とは思った。
だけどまだやっぱり、心は山田が好き。

いや、本当に?
本当に、まだ、山田が好きなの?
山田の、なにが、どう好きなの?
まだ好きって思いたいだけなんじゃないの?

自問自答の中で、森山の存在が大きくなってきた。


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