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「気に入ってるから気に入ってるのよ」

師走になり、山田から気まぐれに連絡が来る中わたしは森山との距離を少しずつ縮めていった。
この頃には森山とはほぼ毎日LINEをし、時々電話で話すような、なんとなく未来が見えるかも知れない、錯覚のような関係性になっていた。

ある日の夜、某ミュージックバーで音楽に身体を預けて呑んでいると森山からLINEが。

ほろ酔いだったわたしは「今から来れる?」。
仕事終わりに、翌日もある彼を、職場もどこだかわからない彼を唐突に、東京の隅っこに呼んでみた。

“これで来たらすげーな”

からかい半分、要は試したのだ。
わたし、なんてやつ。

1時間後、「顔を見に行きまーす」のLINEとともに、森山は本当に来た。
呼び出しておいて面食らうわたし。
思わず、「え、本当に来てくれたの?」と訊いた。

「え、うん。顔見たかったんで。あと普段どんなところで呑んでるのか、ひつちゃんの飲み友達とも会ってみたかったし」

心底、恥ずかしくなった。
試すようなことをしたことを。
そしてそれに気がついていない森山に、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

そして彼は本当にジンジャーエール1杯飲んで帰った。
直後にLINEが来る。

「行ったことない雰囲気のお店で、ひつちゃんはやっぱりいろんな世界を知ってるんだなって思った。顔が見れて、声が聞けて嬉しかったよ。帰り道気をつけてね。帰宅したら、できれば連絡欲しいです」

森山ああああああぁああ
あんたどんだけわたしのこと好きなんだよ!

それに比べてわたしの行動と来たら、気まぐれに連絡をよこす山田に、もう忘れると思うとヘラヘラ連絡をよこす山田にまだ翻弄されて。
バカかと。
執着も大概にせぇよと。

ここまで来といてね、恐ろしいことに、
まだ森山のこと恋愛として好きじゃなかったんですよ。
うん、執着含めてまだ山田が上。
どうせ、“携わった2年間”という時間のせい。
この“時間”に執着してたんだと、今はよく分かる。

帰宅LINEとともにわたしは森山に尋ねた。

「森山さぁ、わたしのことわりとだいぶ気に入ってくれてるよね。ありがたいけど、なんで?酒飲みで、セフレなんか作るようなオバチャンなのに」

彼からの返事はこうだった。

「初めて会った時、それまではあくまで文章でのやりとりだったから、自分が言うのもおこがましいけどもう少しバランス悪そうな人が来ると思ってて、そしたらあんな可愛い感じのが来るからビックリして。スペック高けえなーと思って圧倒されながら呑んでたら調子こいて酔っ払って記憶なくしました。セフレのことはよく分からないけど、その時はそういう存在が必要だったってだけで。ひつちゃんのこと、気に入ってるから気に入ってるのよ」

こんないい子、わたしどうしたらいいんだ?
優しいばかりの手のひらで心臓の奥のほうをぎゅうっと掴まれたような感覚がした。

もう少しだけ彼のことを知りたい。
もう少しだけ近づいてみても、
近づけてみてもいいのかな。
そんな気持ちになって、わたしは“忘年会しようか”と次の約束を取りつけた。

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