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誇大妄想、独裁者

 「装甲騎士ディフェンダー」は八〇年代に流行して、今もシリーズが続いているロボットアニメだ。でもディフェンダー先輩の前で「ディフェンダー」をロボットアニメだと言うと「ロボットじゃなくて正確にはアーマードスーツだ」と怒る。本当にどうでもいいことだ。

 この中高一貫校の私立校、金星学園に高校からの編入生として僕は入ることになった。中高一貫校の中には最初から序列らグループができていて、中心のグループに入るのは到底無理だった。かといって、別にアニメを見ているわけでもないから、オタクのグループに入るつもりもあまりなかった。昔から僕は本を読んだり絵を描いたりするのが好きなのだ。アニメの話にも、お笑い番組の話にも僕は興味が持てなかった。それよりも一人で本を読んだり、スケッチブックを埋める方が僕の性にはあっている。僕は、中学から続けてる絵画をやるために美術部に入ることにした。部活に入ると文化部の、別にクラスの中心人物って感じでもない友達も多少はできた。
 入学してしばらく経ったある日の放課後、友達と学校の図書室でだらだら時間を過ごしていると、瘦せぎすでメガネをかけた男子生徒が近づいてきた。彼は二言三言僕の友達と会話した後、僕に向き直ってこう言った。
「ごぎげんよう! 君は藤咲君だったかな? 皆から話は聞いているよ。今後ともよろしく」
 友達が、「ほら、この人が例のディフェンダー先輩」と言った。
ディフェンダー先輩――DDさんとも呼ばれている――は高二の先輩だ。中学一年生のキャンプ(うちの学校の中等部には入学したらすぐにキャンプがある)でクラスメイトの前で『ディフェンダー』(アニメの方)の主題歌を歌わされて以来そのあだ名で呼ばれるようになったらしい。この学校で一番名前の知られたオタクで、先生もあだ名で呼んでいる。こういうことは先輩と知り合う前に、エスカレーター組の友達から又聞きしたことだ。
 僕はディフェンダー先輩があまり好きではない。どう考えても、ロボットアニメ由来のあだ名で呼ばれているような人はまともじゃない。それでも関わらざるを得ないのは、僕の友達の大半が先輩と仲がいいからだ。
 先輩が入る前の文芸部は、もうちょっと違っていたらしい、と言っていたのは尾田先輩だった。尾田先輩は、ディフェンダー先輩と同期の文芸部員だ。尾田先輩曰く、
「なんかね、今よりも部員が全然いなかったわ」
「そうなんですか? 今結構部員いるじゃないですか」
と聞くと、ディフェンダー先輩が横から言う。
「私と尾田が入った頃は、中等部も我々含めて三人しかいなかったし、高等部に至っては二人しかいなかったな。部員の獲得にも熱心じゃなかったし」
尾田先輩はにやっと笑うと、
「今部員数が増えてるのはDDのせいだな。こいつが仲良くなった後輩を次から次へと部に勧誘するから……」
と言う。
「何を言うか。私の貢献など微々たるものだよ」
 とDD先輩は形ばかりの謙遜をして見せるが、部活動で集まっている文芸部員は大体全員図書室にいて、ディフェンダー先輩の周りにいつもいるような人たちだ。文芸部は年三回、部誌を発行しているけども、作品を出しているのは半分の部員だけで、中には入部してから一回も作品を書いたことがない人もいるという話を聞いたことがある。
 一応、文芸部の部長はディフェンダー先輩の一個上で、今の文芸部の最古参らしい。でも、一度も見たことがない。去年の文化祭直前に急に学校に来なくなって以来、文芸部の運営は副部長の尾田先輩とDD先輩の二人でやっている。
「まあ俺だってそもそも、文芸部にはDDが入るって言うから入ることにしたんだもんな」
 と、尾田先輩は言う。尾田さんとディフェンダー先輩は中等部一年生のときからの友達らしい。

 大体のこの学校の生徒は学校に登校する時に電車を使うのだが、その時に文芸部員や、他の文化部員が必ず集まる乗車位置がある。ディフェンダー先輩が毎朝そこにいるから『ディフェンディングポジション』。
「諸君、いい朝だな!」
 と言いながら先輩は入ってくる。ディフェンダー先輩は独特な喋り方をする。芝居がかったように大げさで仰々しいしゃべり方だ。まるでアニメかマンガのキャラクターのよう。DD先輩の周りの人も大体アニメのキャラクターみたいなしゃべり方をする人が多い。
 ある日の朝、先輩が中等部の一年生と喋っているのを、横で聞いていたことがある。
「……クラスの馬鹿共がひどいのであります。昨日も拙者の『星屑☆シューティングスター』の限定クリアファイルを勝手に取り上げたりと様々な蛮行を……」
 どうにもいじめられている一年生のようで気の毒だが、その一人称では目をつけられても仕方がないように思う。ディフェンダー先輩はううむ、と演技的に首をひねって見せた。
「そもそも大事な限定クリアファイルを、クラスの野蛮人の目につくところに持ってくるのがまずいのではないかね? オタクは本来忍ぶべきものだよ君、忍者のようにね」
「なんですと閣下! 生粋のオタクである拙者めにこそこそと隠れろと申すのでありますか⁉」
 三人称が閣下なのもよくわからないが、僕は逆にこんな一年生に絡まれるディフェンダー先輩がちょっと気の毒になってきた。しかし先輩は微笑してこういった。
「君のキャラ愛は実に目覚ましいものであるな。しかし、そのような変人っぷりを見せつけると往々に普通の人からは排斥されてしまうのだよ。過去の天才が迫害されたようにね。つまり、特別な君は凡人のクラスメイトに合わせてその素性を隠すべきなのだよ」
 結局その一年生がクラスでどうなったのかは分からない――たぶんあの調子だと何も変わらないように思う。ただ、文芸部の部室ではよく見かける。
 『ディフェンディングポジション』のような、仲間内だけの言葉。折に触れて言う。「我々は変わってる」「特別だ」。たぶんこういう言葉が思春期の、特別になりたい生徒や劣等感を抱えてる生徒に“ウケる”のだと思う。DD先輩はオタクの心をくすぐるのが上手い。どうも先輩は、そうやって相手を肯定することで自分のシンパを増やしているらしい。
 最近図書室で僕が一人でいると、ディフェンダー先輩はよく僕に話しかけてくる。
「藤崎君、最近図書室でよく会うね」
「はあ、本が好きだからよく来ますけどね」
 僕がぞんざいに対応してもディフェンダー先輩は微笑を崩さない。
「君はどんな本が好きなのかな?」先輩は会話を続けたがっている。
「どんなっていうか、まあ村上春樹とか普通に好きですね」
 DD先輩が普段読まなさそうな本を挙げてみたが、意外にも彼は食いついてきた。
「おっ村上春樹か。私も結構読むよ」
「意外ですね。先輩が読むのはもっと他のやつ、ラノベとかかと思いました」
「一応これでも文芸部員だからね。春樹は小説だけじゃなくてエッセイも面白いと思うよ。『村上朝日堂』とかね」
 作品の好みは一致していなくもないけど、作家を下の名前で呼ぶところとか、あえてエッセイを褒めるところがなんだか“読書家”っぽくて僕は苦笑しそうになった。僕が一言言おうとすると「DD、部活始まるぞ」と尾田先輩の呼ぶ声が聞こえた。
「おっとさらばだ藤崎君」

 テストも終わった六月のある日、僕は放課後、文芸部の部室にいた。「文芸部から企画の提案だってさ」僕は美術部部長の瀬田先輩から連れてこられたのだ。「なんか、DDが藤崎君にも来て欲しいって」
 先生が使う会議室のように、机を正方形に並べた文芸部の部室には、写真部や社会部の部長が席を並べて座っていた。「私DDとは仲いいんだけど他のみんなとはそんなに仲良くないんだよね」と瀬田先輩は角の端っこに、僕はその隣に座った。
 どれもディフェンダー先輩と仲がいい文化部の部員や部長たちだ。まるで円卓の騎士だな、と僕は思った。これが文化部の円卓ならアーサー王を気取っているのは「ごきげんよう諸君!」と仰々しく述べながら部室に入ってきたディフェンダー先輩だろう。
「――つまりだね、我々で文化部合同誌を作ろうと思うのだよ」
 先輩の言い分としてはこうである。金星学園の文化部は近年けっこう部員数を増やしてはいるものの、運動部に比べるとまだまだ知名度も低い。そこで、今年の文化祭で、”文芸部主導”で各部活の活動内容と作品をまとめた冊子を出そう、ということである。
「もちろん、各部活とも文化祭で忙しいだろうから、無理にとは言わない。編集もこちらでするし、作品だけで構わないから是非とも参加していただきたい」
「めんどくさそう」「でも楽しそうじゃん」「書くだけならまあいいんじゃね」と声が飛び交う。
「この企画に参加する団体同士、交流会を行おうと思っている。文化部同士の連帯を高める良い機会になればいいのだが」DD先輩が付け足す。「いいじゃン、仲良くやろうヨ」と社会科研の部長が言うと「じゃあうちも」とESS部も参加を表明した。「面倒臭ェけど手伝ってやるか」と写真部。
 僕は瀬田先輩と目を合わせた。「美術部はどうします?」僕が聞くと先輩は、
「なんか、中央集権って感じやね」とつぶやいた。
「まあ、でもDDの頼みやし、しゃあないか」瀬田先輩も「美術部もやりまあす」と声を上げた。
 結局、企画には結構な数の部が参加することになって、会合は終わった。部室に戻ろうとそそくさと荷物をまとめていると「藤崎君、頼みが」とディフェンダー先輩から声をかけられた。
「今回喜ばしいことに、合同誌の作成が決まったわけだが、そこでだ――君に合同誌の表紙を描いてほしい」
「俺に、ですか?」「うむ、君にだよ」
 ディフェンダー先輩はにやっと笑った。
「美術部での作品も見せてもらったが、私は君の作品のファンになってしまったようでね。つまりだね、君の非凡なる才能を我々のために使っていただきたいのだよ」
 作品を評価してくれたのはうれしい。ただ、先輩と僕の考えには食い違いがあるようだ。
「とりあえずそれについてはまた考えさせていただきますね。それより聞きたいことが」
「なんでも聞きたまえよ」
「今回の集まり、ブラバンとか演劇部とか、呼ばれてない文化部は合同誌に参加するんですか」
 演技的だが表情豊かだったDD先輩の顔が、初めて無表情になったところを僕は見た。痛いところをどうやらついたようだ。
「あー……一部の部活は、そもそも呼んでいない。合同誌という媒体に適してなさそうだし、参加して交流する必要もなさそうだから」
 先輩は言葉を選んでいるようだったが僕は大体、先輩の言わんとしていることがわかった。そもそも仲良くないから呼んでいないのだ。
「そうですか、ありがとうございます」
僕はそれ以上深く追及するのをやめることにした。
 
「それで、話って何?」
尾田先輩が切り出して来た時、僕はたしかに緊張していた。
「あの、頼まれていた表紙の件なんですけど、辞退しようと思ってます」
「そうだろうと思った」意外にも尾田先輩は驚いておらず、微笑を崩さないままだった。
「一応理由も聞いておこうか」
「忙しいから、じゃダメですか?」
僕が尋ねると、
「DDには言わないよ」
 尾田先輩は肩をすくめて見せた。これは素直に言ったほうがよさそうだ。
「今回断ったのは、他にやることがあるっていうのもあるんですけど、ディフェンダー先輩と考え方が合わないっていうのがあるんですよ」
 最後の質問の答えから考えても、今回の企画は本当に文化部の向上を目的としたものではなく、ただ、DD先輩を中心とした文化部のつながりを作るためのように僕には思えてならなかった。
 普段の行動も見てても、僕は先輩がさみしがっているように見える。だから、周りの人間を肯定して“居場所”を作ることで相手の承認欲求も満たして、それで自分の承認欲求も満たしているのだと思う。そのために、書かない文芸部の部員を増やしているのだろう。まるでそれは、自分の友達や後輩をコレクションしているように、僕には思えたのだ。
「――DD先輩は、もちろん孤立しがちな僕のために声をかけてくれたのもわかってます。ただ、」
 少し言いよどんで、僕はまた言葉をつなげた。
「すべての孤立している人間に居場所を与えられると思うのなら、それは傲慢だと思います」
 僕の言葉を聞いてから、尾田さんはあっさりと、「そっか。じゃあ表紙は他の人に頼もう」と言った。
「でも僕は、その優しい傲慢さが好きなんだけどなあ」
 尾田先輩はそういって苦笑した。
 僕は、DD先輩は傲慢だと思う。自分が中心にいて、他人に居場所を与えられると思うのはまさしく傲慢だし、誇大妄想だ。ある種の独裁者だ。僕はやはり、先輩が嫌いなようだ。



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「装甲騎士ディフェンダー」は八〇年代に流行した、今もシリーズが続いているロボットアニメだ。でもディフェンダーの前で「ディフェンダー」をロボットアニメだと言うと「ロボットじゃなくて正確にはアーマードスーツだ」と怒る。怒ってはみせるものの、本当はどうでもいいと思っている。
「だって俺ロボットアニメ普通に好きだし、『ディフェンダー』もリアルロボットアニメだしなあ。あれはそういう『オタクによくあるやりとり』の定型文でしかないんだよ」
 じゃあなんでいちいち反応するの、と俺が聞くと、
「そりゃあ尾田、みんなが、俺が反応するのを期待してるからだよ」

 俺とDDが仲良くなったのは、中等部一年生の時だ。
昼休み、DDは一人で弁当を食べていた。いきなり変なあだ名で知られるような人とみんなは一緒には居たがらない。そこで俺は「一緒にご飯食べない?」と声をかけた。些細なことだけれども、それで俺たちは仲良くなった。

 朝は他の文芸部員や後輩たちと一緒に帰ってるけど、放課後、DDは俺と一緒に帰る。その時だけ、彼の一人称は、“俺”になる。
 一度、なんで仰々しい言葉を使うのか聞いたことがある。
「ほら尾田、クラスの奴の会話とか聞いてたらさ、こいつ芸能人とおんなじギャグ言ってるとか、おんなじツッコミしてるとかない?」
 たしかに、クラスのお調子者キャラはよくはやりのギャグをやってたりする。
「あれって、自分が普段一番見る他人との接し方をまねしてるんだよ。だから普通の人はバラエティみたいなギャグが受ける。オタクにはマンガみたいなギャグが受ける。だから俺は、イケてない連中が持ってるパブリックイメージとしての“学校の変なオタクの先輩”の“ディフェンダー先輩”をやってるんだよ」
 DDはため息をついた。
「そうでもしないと、自分を“閣下”とか呼んでくる中等部のガキの相手なんか、シラフではできない」

 藤崎君が指摘した通り、DDは“ディフェンダー先輩”を演じることで周りの人間とお互いを承認しあっている。そうでもしないと、もうDDは自分の居場所を失うだろう。正直、変な人を演じて自分たちが特別だとする自己暗示に、けっこう酔っているように思う。
 ただ、自分が文芸部を書かない部活に変えたことには、責任を感じているらしい。合同誌を企画したこともそこに理由がある。
「文芸部を部活からただの居場所にしてしまったのは、俺の責任だと最近思うんだ。だから部員のみんなには他の世界も知ってほしいし、お互いに仲良くなってほしい。そうやってみんなに居場所を与えるのが“ディフェンダー先輩”の務めだと思う」
 そんなことを言う彼を、俺は優しい傲慢だと思う。自分が中心にいて、他人に居場所を与えられると思うのはまさしく傲慢だし、誇大妄想だ。DDはそういう種類の独裁者だと思う。でも俺はDDのその傲慢さが好きだし、それに。
 その傲慢さを肯定してあげないと、彼に居場所はないと思う。


あとがき

 この作品は過去に先輩が企画した展覧会に出したやつです。(そもそも全ての文章はそうですが)時間をおいてから見返してみたら流石に稚拙で恥ずかしく思えます。実際この小説はシラフではかけなくて徹夜で描いたし、そのおかげで出したときは誤字だらけ、読み返しても表現の重複や説明的すぎるセリフが多くてお世辞にも出来がよくはない。でも自分の中では結構気に入ってるし、近年では一番ましな小説が書けたと思います(一番褒められたのは『宝くじ』ですが、あれは小説というよりエッセイに近いものなので)。この小説をこのテーマで書く機会を得たのは企画があってこそなので、先輩に呼んでもらって本当によかったな……と思っています。
 この小説の主題的人物であるDD先輩の人物像はかなり気に入ってるし、セリフも恥ずかしすぎて逆に書いてて楽しくなるので、どこかで再利用できたらと思っています。読み返して思ったのですが、主人公の藤崎はダメですね。まじで辛辣すぎる。 

文章など書きます。