タイトル未定 五拾二

一瞬の抵抗を見せた後、口内でプチトマトが弾ける。独特の青臭さと血のような味。甘さは感じられない。烏龍茶で流し込み、オードブルに盛り付けられたローストビーフに手を伸ばす。ホースラディッシュも添えるという通好み仕様。

「うまっ…!」

肉肉しさの中にホースラディッシュのピリリとした刺激が味の輪郭を明確にする。肉にかけられているタレも主張せず、肉の引き立て役という位置だ。

(生焼け肉がこれほど美味とはのう…。)

「ところで、君はタテナシからこの後の予定を聞いているか?」

レタスを口に運ぶまさにその時に、青年にそう問われ食べそびれる。

「いえ…聞いてませんが…。」

「今日の夜、巡回に出る。君にも来て欲しいと思っている。」

シャリシャリとレタスを咀嚼しながら顔で「そうですか」という表情を作る。みずみずしくは、ない。

「ただ、ここまで休み無しだっただろうから、夜までは休んでもらいたい。タテナシには俺から伝えておく。部屋も後で教えるから心配はいらない。」

仮眠できる、のだろうか。とりあえずホッとする。トータルして丸1日は寝てない計算になる。遠くの方で睡魔がひたりひたりと歩いてくる感覚がないと言えば嘘になる。「ありがとうございます」と言い従うことにする。

「それまではひとまず、この場を楽しんで欲しい。個性的なやつらが多いが腕だけは立つ。もちろん、お前の腕も頼りにしているからな。」

(何じゃこいつ。偉そうにしおって。狐に向かって何という口の聞き方をするのじゃ。大たわけ者めが。)

(ここでお狐様が出てくるとややこしくなるのでここはグッと堪えてください…!)

(ふむ…あの肉に免じて許すかのう…。)

なお、ここまで来て今更な感じだがお狐様とは五感を共有できる。お互いが感じ取った情報は自分が体感した事として蓄積されて行く。まさしく先のローストビーフの件がそれである。

まだ話してない人がいるなぁ、と周りを見渡す。量に差はあるものの一様に食べ物は口にしている様子。だからといって自分からは話しかけない。緊張というか、最初の空気作りはどうも躊躇しがちなタチだ。

「んぐっ…君のそれってほんとに耳なの?」

「あぁ?なんだ?」気味に振り向くとコーラを飲み干しながらの女性に話しかけられる。手にはサラダがのったお皿を持っているあたり、自分の席から歩いてきてくれたようだ。さっきのハイテンションになってた時と比べるとすごいギャップだ。萌えないけど。

「生えてます、ね。その代わり人間の耳がある位置には何もなくなりました、よ。」

人間の、という説明をした自分に違和を覚える。瞬間、事実じゃんということで自己完結する。

コトン。

「そうなのか。本当だ。触るとあたたかいしピクピク動くあたり付け耳ではないか。」

テーブルにコップを置き、恐る恐るながらも優しく撫でるように触られる。指先の行方に神経が集中してしまい予想外の所を触られた為、耳がピクんと動いてしまった。

(かかか。擽ったいのう。)

「私はイツムネだ。五つの峰と書く。君と似たようなチカラを時々使うと思うから、よろしく頼むよ。」

イツムネ、さん。そういう彼女は前下りのショートカットが似合う細めの年相応といった外見。整った顔をしている。制服(もちろん袴ではない)もパリッと着こなしていた。

#小説



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