『小説の技巧』の再構築

小説をどう読むか?どのような技巧が使われているのか?を知るための超有名な教科書に『小説の技巧』というのがあります。これは新聞に連載されていた記事をまとめたもので50ものトピックが並置されています。

この構成のため、各トピックが独立で、それらがどれぐらい関連しあっているのかだとか、どれとどれが包含関係にある概念なのか?などが必ずしも明確ではありません。

そこで、本稿では50のうち48のトピックを短めの文章の中で連関させてみる試みをしてみます。必ずしも正しいとは言えないでしょうが、ずらずら50個が並んでいるのとは別の意味で技巧群を捉えられると思います。なお含まれていない2つはノンフィクション小説と思想小説で、いわゆる散文小説ではないので除外しました。

それでは行ってみましょう。

描写を操れ。小説はセリフや複数の視点での語りで満ちている(→27,6)。また、その表現法も多様だ(→26,5,9,10,20,25)。これらを適宜組み合わせて読者を魅了しろ。さらには読者にしゃべりかけてもいいし(→4,17)、読者を引っ張りこんだり、自己言及するなんてお茶目なことをしたっていい(→2,46)。だらだらつまらない文章をつなげるな。

時間を操れ。物語の進行速度と読者の読む速度を常に意識し作為にあわせてテンポをつくれ(→41)。重要でないところは第三者的な視点の描写でさっと要約し、強調したい出来事は語りやモノローグなどを使うなどして引き延ばせ(→26)。進行の速度を操ることで、意図した読む速度と合致させよ。もしくは逆に大きく逸脱せよ。なんだったら時系列に並べる必要すらない。結果を先に記述し、その原因をその後に配置することで出来事の解釈を変えられる(→16)。一つの出来事を複数の視点から描写する工夫もある(→3)。

比喩を使え。出来事を全部記述できるわけがない。だから何かを抽出して全体を読者に構築させるしかない。つまりどうしたって提喩が必要になる。人物紹介もそうだし出来事の記述もそう(→14)。何を抽出するかをどう決めるかって?物語の主題や出来事を暗示させるような特徴的な部分を持ち出す。それに直喩、暗喩、提喩、換喩をくっつけまくれ。天気に来るべき事件を重ねたり(→18)、服装などのアイテムに象徴性(→30)を持たせればもっと短く伝わる。間テキスト性(→21)や寓話(→31)やエピファニー(→32)を使えば読者が勝手に構築してくれる。常識に訴えるのもいい。適切な地名や時代を感じさせるアイテムなんかを取り入れることで読者は常識や典型を参考にかってに構築してくれる(→12,28)。

興味を引け。驚きや意外性がなければ小説ではない(→15)。書き出し(→1)で作品世界に引きずり込め。サスペンス(→3)とミステリー(→7)を混ぜ込むのは常套だ。恋愛事や性行為は暗示させた方が効果的(→42)。消費欲を満足させたければブランド名まできっちり描け(→13)。一つの出来事に対立する解釈を生ませたり(→39)物語構造そのものに面白さを詰め込んでもいい(→23)。シュールさや超越的な出来事を書いても許されるかもしれない(→24,38,47)。意図的な反復(→19)は読者の注意を引く。どんでん返しも有効だ。伏線をはってタメを使って最後の一撃で仕留めろ(→34,50)。

悟られるな。小説は虚構だ。因果律時間の流れも何もかもが作者の思い通りだ。しかしそれを読者に悟られたらおしまいだ。偶然はそれが必然と思わせるような努力をしろ(→33,29)。動機づけをきちんとかけ(→40)。表層にとどまることで作者の存在を消してみるのもいいかもしれん(→25)。手紙(→5)や電話(→37)といった小道具を使ってみるのもアリだ。逆に作者が介入して読者を挑発したり連帯したり呼びかけてみて無効化をねらったりじたばたしてもいい(→2,17,46,49)。

きっちりしろ。書名(→43)も人物名(→8)も章構成(→36)も全て創造物の一つで意味が乗っかる器だ。章の間の対称性を意識しろ、間テキスト性(→21)を意識しろ、基本的な物語構造(→48)にのっかれ、もしくは乗っかったふりをしてあざけってみよ。そしてズレろ。規範からの逸脱に独創性が生まれる(→11,22,35)。前提、常識、慣習を取っ払ってそれを露わにしてみせろ。


トピック一覧:
01.書き出し
02.作者の介入
03.サスペンス
04.ティーンエイジ・スカース
05.書簡体小説
06.視点
07.ミステリー
08.名前
09.意識の流れ
10.内的独白
11.異化
12.場の感覚
13.リスト
14.人物紹介
15.驚き
16.時間の移動
17.テクストの中の読者
18.天気
19.反復
20.凝った文章
21.間テクスト性
22.実験小説
23.コミック・ノベル
24.マジック・リアリズム
25.表層にとどまる
26.描写と語り
27.複数の声で語る
28.過去の感覚
29.未来を想像する
30.象徴性
31.寓話
32.エピファニー
33.偶然
34.信用できない語り手
35.異国性
36.章分け、その他
37.電話
38.シュルレアリスム
39.アイロニー
40.動機づけ
41.持続感
42.言外の意味
43.題名
44.思想
45.ノンフィクション小説
46.メタフィクション
47.怪奇
48.物語構造
49.アポリア
50.結末