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銀河

五時限目のチャイムが鳴ると、皆が一斉にテスト用紙を表に返した。
この時間が終われば日常に戻る。初秋の風をかき消すように、快活な空気が教室に満ちていく。
その空気が膨れ上がるにつれ、僕は一層息苦しくなった。


テスト用紙には、意味ありげな文章が羅列されている。空欄を埋めれば何かが変わるのではないかと、毎回うっかり期待してしまうが、結局は何も変わらなかった。
周囲からペンが紙の上を走る音が響く。けれど、僕はまだ名前すら書けていない。
日差しの強い日々の再来を、どこか拒んでいるのかもしれない。


僕はテスト用紙を半分に折った。破り捨てたい衝動もあったが、持ち前の臆病さがそれを阻んだ。
そのまま紙を折りたたんでいくと、自分の幼さが可視化され、悲しくなった。
悲しさに囚われると、脳裏にあなたの姿が浮かぶ。
あなたなら、僕にどんな言葉をかけるだろうか。


あなたを想い、ただひたすらに紙を折りたたんだ。

今、紙を広げたら、皺だらけの無様な姿が現れるだろう。少しだけ後悔したが、もう後戻りはできない。
紙は小さくなるが、あなたへの感情はかえって増大していく。


鬱屈とした日々の中で、あなただけが僕の救いだった。あなたの言葉に共感し、あなたの生き方に心酔した。
けれど僕とあなたの類似性は、たゆたう悲壮感だけだった。あなたの瞳は澄んでいて、寝惚け眼の僕とは見つめるものが違っていた。  
あなたへの憧れは、次第に嫉妬のような強烈なものへと変わっていった。
日々、あなたとの比較に勤しむが、そのたびに自分が無能であることを裏付けるだけだった。


そして、
ある日、突然、あなたは姿を消した。
僕が手を伸ばしても届かない場所へと。

あなたによって保たれていた自我は、あなたの不在によってあっけなく崩れ去った。
僕はただ、あなたへの憧れに酔っていただけなのかもしれない。


あなたを想い、ただひたすらに紙を折りたたんだ。

折れば折るほど紙は少しずつ天へと伸び、あなたへと続く道標のように感じられた。
僕はそれを頼りに少しずつ上っていく。

あなたに追いつきたくて。
欲をいえば、あなたを追い越したくて。

あなたを想い、ただひたすらに……。

気づくと僕は月面に立っていた。白月が足元を控えめに照らす。
けれど、どこを見渡してもあなたの姿はない。
ひたむきだった分、反復作業の無意味さに虚しくなった。
同時に、あなたに並ぼうとした僕の厚かましさが胸を締めつけた。

目の前に広がるのは、ただの銀河。
それは過ぎ去った夏の空にも似ていた。

僕はそれを見つめていた。
ただ、ぼんやりと。

それは大して綺麗ではなかったが、妙に僕の心を落ち着かせた。

僕はゆっくり紙を下りることにした。
月光が遠ざかり、暗闇を抜け、教室の明かりが近づいてきた。

ペンが紙の上を走る音の重なりが、僕を迎え入れる。
僕は何事もなかったかのように席に戻り、折りたたまれたテスト用紙をまっすぐに伸ばした。
 
そして、
ただ、静かに名前を書いた。



(1200文字)

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