いつも母の気にいるように!?

シングルマザー、コロナの影響をモロに受け、無職。子どもを食べさせて行かなければいけない焦りから、先日介護職の面接に行き、採用して頂いたものの一週間で退職願いを出した。

キツすぎたのだ。安易に応募したわけではもちろんないが、あまりに、あまりにも過酷だった。『この仕事をしてくれるスタッフさんがいるから、私達親世代の高齢者は暮らしてゆけるのだ。。』とつくづく感謝した。

私はというと、離婚にかかる費用、ちょっとした外科手術、仕事がない、など様々な理由で数日間寝込んでしまった。
そして最近思った。手に職を、どうせなら前からやりたかったことの資格をとろう!と一念発起し、ハローワークの職業訓練に申し込みに行った。
もちろん前向きで、私には光が少し差したような気分だった。こんな状況だからって、明るい気分になってはいけない、なんてことはないはずだ。

家に帰り、母にその事を伝えるも、母のほんの一瞬の浮かない表情を私は見逃さなかった。

そのほんの一瞬に込められた表情を言葉に換えると、『え、今から職業訓練?4ヶ月も?いや、今すぐ働かないとダメしょうよ。なに呑気で悠長なこと言ってんの?ほんっとに非常識で世間知らず。やっぱりこの子には母親の自覚というものがない。事務仕事とかの方向をなぜ見ないの?やっぱり母である私がなんとかしなければ。。。』等々。それまで前向きだった私の気持ちは、この母の表情を見たとたん一気にしぼんでしまった。

もうこれ以上、私のやろうとすることに、意見しないでほしい。これ以上、否定しないでほしい。諭そうとしないでほしい。そんなに私は信用がないの?

小さな頃から今まで、親の意見通りにしないと機嫌悪くなられたりした。無視されたりもした。40歳過ぎてもまだ、私はその呪縛から解けない。親の意見が怖いのだ。自分はやはり間違ってるのかもしれない、と思ってしまうのだ。

親の意見に左右され、なにが正しいのかわからなくなり、自分の下した判断に自信が持てなくなる。

昔、こんなことがあった。
彼氏に買ってもらった薄いピンク色のワンピース。母が見て『こんな服、似合わない。あんたらしくない。下品。どうかと思うわ、全く』と。
そのワンピースは、捨てた。
そして、それをくれた彼氏と別れたら大喜びされた。『そーよねぇ、あの人とは単に遊びだったんでしょ?お母さんもお父さんもホッとしたわ。お見合いしましょう。釣書かいて!』
これはほんの一部だが、こんなことが数十年。そして、今も無くならない。母は一生現役だ。

あんたの昔の価値観と、今の私の価値観は全然違う。私がどんな人間で、どんな性格かも知らないくせに。そりゃ全て親が型にはめてきたんだから非常識にもなるわ。

と、言えたらどんなにいいだろう。

母にとったら、私はいつまでも、未熟で呑気で世間知らず、常識知らず、頭が足りない、お金の計算ができない、先を見通せない子、なのだ。

冗談じゃないわ。
自分の意志がわからなくなるよう育て方をした母を、少しぐらい憎んでも罰は当たらないはずだ。