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東京五輪男子サッカーGL ブラジルvsサウジラビア

両チームのスタメン

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前半

試合開始から10分、ピッチ上でやりたい事を表現できていたのはサウジアラビアの方だった。

サウジアラビアはキックオフ直後から、組織としての各局面における自分達の狙いを明確に共有し、その達成のための手段をしっかり体現してきた。



・サウジアラビアのボール非保持設計

サウジの守備陣形は、アタッキングサードに侵入された際に、安定して自陣ゴール前に人数を厚くかけられる5-4-1。

ただいくらゴール前を厚くしようと相手はブラジル。
ゴール前での一工夫やアイデアで、ワンチャンスで試合を決められる才能を持ち合わせてるアタッカーばかりなわけで、サウジとしてはもちろんの事「そもそも危険な状況すら作らせたくない」のは間違いない。

そうなった時にサウジが最も警戒しなければいけないのは「相手CHに全方位展開されること」だった。

画像2

この5-4-1という陣形は嚙み合わせ上、今回のブラジルのような4-4-2を相手にしたとき、相手CHに自由を与えやすい構図となってしまう。

ただここで相手CHに自由を与え前を向いてボールを持たせ続けると、中も通され外にも振られ、ゴール前の厚さだけではどうにもならない危険な状態に陥ってしまう。

ゴール前は厚くしたい。でも5-4-1だと相手CHが自由にボールを散らせていつかブロックが瓦解してしまう…


それを踏まえ、今回サウジが取った策がハイラインでの5-4-1だ。

ハイライン


これによりブロック全体が前に出る事で、相手CHを自チームCHが直接監視できる所まで押し上げられる
もちろん常にではないが、側の相手CBやSBにボールが渡った時だけでも前に出れば、ブラジルの中央からの全方位展開によるタコ殴られという最悪の状況は避けられる。

さらにこの策はネガティヴトランジションでも効力を発揮する。
サウジは戦略として、完全撤退によるバスストップで試合のペースを完全に明け渡しセットプレー1発やカウンター1発に賭けるサッカーではなく、しっかり自分達も主導権を握ろうとするサッカーだったため、人数をかけて敵陣で繋ぐ途中でボールをロストした後の被カウンターを警戒する必要があった。


そしてここでも繰り返しになるが、相手はブラジルだ。
高い馬力と技術で破壊力充分のカウンターを繰り出せるアタッカー陣を揃えている。一度スピードに乗せてしまえば、もう止められない。

しかし陣形を高く保つハイラインであれば、敵陣での人の多さと狭さで、ボールロスト直後の1人目,2人目のアタックをより早く起こすことができる。そこを抜けられてもハーフウェーライン付近でCBが潰しに出て来れる距離感を作れる。
要するに、スピードに乗せる前に敵陣で即ファールで止める。これが可能になる。


ただこのハイライン5-4-1も、長所があればもちろん短所もある。
まず最もわかりやすいのが、CBの背後に広大なスペースを作ってしまう事だ。
ポゼッション時でもカウンター時でもそうだが、裏抜け一撃という大きなリスクを常に背負って戦わなければならない。そこに関してはもうCBとGKの頑張り次第になってくる。
そして全体の圧縮に応じてバランスを取るため中に絞ることになるSHの影響で、相手SBの自由度が高くなる。ここから高い質で攻撃を組み立てられ、サイドでの自WB+自SHvs敵SH+敵SBの2vs2のユニットバトルで踏んばりきる事ができなければ、結局ペナ横から風穴を空けられて崩されてしまう。


しかし、これらのリスク,短所を抱えてでも、サウジはラインを高く設定した。
それほどに、「相手CHに自由に展開させない」という事の優先順位は高かった。


実際試合直後、ブラジルの攻撃は中央からの前進が許されないことにより、大外勝負とロングボール蹴り込みを強いられてボール保持で全く試合のペースを掴むことができなかった。

そして裏抜けとサイド瓦解を頑張って我慢し続けられるか?がこの試合のサウジの守備のポイントとなっていた。



・サウジアラビアのボール保持時設計

先ほど言ったようにサウジはブラジル相手に戦略として、攻撃に人数をかけずロングボール,カウンターからのセットプレーなどでの1発に賭けるサッカーではなく、ボールをしっかり握って自分達で主導権を握ろうとするサッカーを志向していた。

ただサウジは根本的な戦力差等も考慮したうえで、ピッチ上全てを掌握しようとするのではなく、軸をピッチ上に設定し、そこで局所的な優位を作って攻撃を組み立てようとした。


まず5-4-1のサウジのボール保持時基本陣形はこのような形。

ほじじ


ここからボールを繋ぎ前進して相手ゴールに迫っていくが、その軸というのが以下画像で示している敵陣左サイド浅めの部分だ。

じく


僕は試合を見始めるまでサウジアラビアの選手を1人も存じ上げなかったが(なんならブラジルの選手もダニエウアウベスしか知らなかったが)、試合を見始めればすぐにサウジの攻撃の中心が左利きの左WBアルシャフラニと左SHの10番アルドサリの2人だという事が分かった。
それほどにサウジはその2人を信頼してボールを頻繁に預けていたし、それに応えるように2人は高い技術でボールを捌いてブラジルは厄介そうにそれらをファール等でストップした。

そしてサウジは攻撃において最大の武器であるこの2人を活かす為にその他がポジションを取る。

最もベーシックな形はこの陣形。

ひしがた

まず左CBで左利きのヒンディーが組み立てのスタートとなり、WBのアルシャフラニが大外で高い位置を、SHのアルドサリが内側のハーフレーンにそれぞれ位置取ることで三角形を形成。
相手守備陣がそれに引かれ重心が前になればその奥を1FWのアルハムダンが裏に飛び出すことで菱形を形成。
さらにそこに左CHのアルファラジが関与していきボールを上手く。循環させていく構成になっている。
(追記:後で調べて分かったが、今回のサウジのOAはACL4度優勝を誇るアルヒラルから、左WBアルシャフラニ,左CHアルファラジ,左SHアルドサリの3人をユニットごと丸々持ってきたみたい。超納得。見ていて明らかに左の3人だけ技術が違う)

ブラジルはシンメトリーな4-4-2だからこそ、このズラしに対応しづらく、都合上常に相手の誰か1人を捨てながら守る必要があり、サウジはそれを見てから後出しでボールを動かして前進していく。

そしてそのままペナ横まで進めればOKだし、もし相手がそれを嫌がって極端に当サイドに人を集めれば、絞った逆サイドのSHによる中央経由によってガラガラの逆サイドに展開して一気に刺す。


全体的な技術の差はありながらも、サウジは自分達の強みを存分に生かすための局所的な勝負をしかけ、部分的な優位を作り出し、試合を優位に進めた。

そしてこの自分達が有利となるサイドに主戦場を持ってくるオーバーロードも、ハイライン設定と同じようにボールロスト後の被カウンター潰しに有効的に働いた。
左サイドに上手くボールを動かしていければ、ボールを失うのも必然的に左サイドになってくるわけで、それがわかればトランジションへの質の良い準備をすることが可能となる。



と、ここまでが試合開始後10分で見えたサウジの狙い。
実際にブラジルはボールを持てばロングボールか大外へのチャレンジを強いられ、サウジはボールを持てば強みである左サイドからリズムを作る事に成功した。


これらを10分でしっかりと表現して見せたサウジのクオリティには驚いた。
質の良い整備が窺える。


ただチームとしてやりたい事を遂行できていたのは明らかにサウジの方だったものの、そのぶん、しっかり背中でコースを消しながらチェイスに行ったりだとか、ボールの置き方や身体の使い方、そして相手の嫌がるポジション取りなどの1つ1つの高い技術で、そういった構造上の劣勢を誤魔化しているブラジルの器用さが目立つ形にもなっている。

それと同時に、これだけ組織としての戦いでは優勢であるにも関わらず試合の主導権を明確に握りきれないサウジからは、逆に個人単位での技術面で物足りなさを感じてしまう。

パスによる前進でしっかりと左サイドで時間と場所を創出し、中央経由で逆サイドでアイソレーション勝負!という理想的な状況を作る所までの設計は完璧だが、いざ右サイドで待っていた右SBにボールが収まっても1vs1の勝負で全く勝てない。
設計図が良過ぎるからこそ、部品のクオリティが追いつかない際のどうしようもないギャップに苛まれている、という印象を受けた。


(僕は開始10分で時計を止めて「ここまで」を書いているので、純粋にこの後どうなっていくかすごく楽しみ)



試合に戻り、再び時計の針を進め直す。2分後にCKぶち込んでブラジル先制。

・・・。

えぇ…。

キッカケはサウジの繋ぎのイージーミスから。先ほど左サイドの菱形組み立てのスタートとして紹介した左CBのヒンディーが、中央CBアルアムリにバックパスし、そこでトラップミスからのパスミス。
アタッキングサードでボールロストしてピンチを招き、2度CKで難を逃れるも、2発目を完璧に叩き込まれ失点。キッカーのクラウジオのボールも、頭で叩き込んでクーニャも、完璧だった。

ここまで丁寧に紹介してきたサウジの狙い。そして、それを受けての両チームの基礎技術の差…
それらを全てをフリにした、ブラジルの無慈悲な先制パンチ。


素晴らしい取り組みや準備をしてきた相手が一瞬見せた隙を、容赦なく叩いて折る。

…鹿島を応援してきた身としては、正直見慣れた光景だ。
いわゆるこれが勝負強さなんだろう。

土台にあるのはやはり1人1人の基礎技術と判断力であって。
実際に家を形成するのはデザイナーが書いた設計図ではなく、1本1本の柱なんであって

それを痛感させられる1発。

…まだ13分しか見てないが、この試合の核に触れた気はする。



再び試合に戻る。

とはいえ、とはいえ構造で上手くいってるのは依然サウジアラビア。
再開直後もハイラインによる相手CH消しでブラジルの繋ぎを敵陣で奪い、ショートカウンターを仕掛けて絶好の位置でFKを得たり、左サイド組み立てでチャンスを作るなど良さを出す。
しかしブラジルも1本裏抜けを通してしまえばしっかりとクロスバー直撃のシュートのところまで持っていく。

こうして、
再現性やロジックで上回ってるのはサウジアラビア
技術と判断力で相手を刺す事ができるのはブラジル

という構図で、試合が進む。

ただその中で、トランジションの局面において、リソース配分を上手く管理し発生時により良い状況で準備ができているサウジアラビアが徐々に試合のリズムを掴み始める。



そして前半22分、またもやスコアが動く。


ここでもハイライン守備による相手CH封じでブラジルのビルドアップを機能停止させたサウジアラビアが、敵陣地でボールを奪いカウンター開始。
ブラジルは苦し紛れのファールストップをし、そこで得たFKから、失点に繋がるイージーミスをした中央CBのアルアムリがそれを取り返すかのように執念のヘディングでゴールを決め同点に。

こうしてスコアは振り出しに。


こうなれば勢いに乗るのは、あの1ミス以外ここまでの30分ほぼ完璧にやりたい事を体現し、あのブラジルを内容で上回っているサウジの方。
その後も右SBが完全に抜け出し決定機を作るなど、さらに攻勢を強める。

ボール保持、非保持、トランジション…
そのすべてにおいて、この大舞台で狙い通りにやれている。
その事実が選手達をさらに勢いづけているように感じられる。

反対にどの局面でも上手く行かないブラジルは、この時点で「大敗さえしなければGL突破」という状況ではあるものの、試合の内容に徐々に焦りと苛立ちを見せ始める。

シンプルな大外勝負や列の飛び越えなどの力技でチャンスを作るも、得点には至らず、そのまま1-1で前半終了。


後半

後半開始。ハーフタイムを経て、選手の交代は1名。
ブラジルが右SHに入っていたアントニーに代えて、マウコムを投入。そのまま入れ替わる形で右SHに入った。

右SHは、サウジの肝である左サイド浅めの位置で最も守備で頑張りが必要なポジション。アントニーもマウコムも僕はプレーを45分しか(現時点ではアントニーしか)見たことが無いので、選手の特徴に合わせてなのか純粋な消耗を考慮してなのか交代の意図はわからないが、いずれにしろサウジの左サイドの勢いに対応するためだという事になるだろう。


後半開始からペースを握ったのはブラジル…なのだが、やる事を大きく変えたのは上手く行っていたサウジの方。
前半あれだけハマっていたハイライン守備をやめ、後半の立ち上がりはラインを下げて撤退の色合いを強めた。


なぜこうしたのか自分なりに考えてみたが、
あの前半でブラジルが修正なく後半来るわけがない。そこの様子見も含めて、後半は一旦しっかり退いて入ろう
という意図だったと考えるのが最も自然だ。


実際、ブラジルは1つだけやり方を変えたポイントがある。それはビルドアップ時の+1枚降ろしだ。

ブラジルは前半4-2-2-2の立ち位置のままボールを繋ごうとしていたが、これがサウジのハイラインによるCH封じによって機能停止させられた。

そこへの対抗策として、左SHを2列目から3列目に降ろし、1枚余らせる事でビルドアップに明確な出口を作り、機能を回復させようという修正を施した。

しかしこの現象は起きたり、起こらなかったり。
起きたとしても、毎回その場に合わせて形を変えながらの変化となっていた。この辺りから見るに、ブラジルがチームとしてやろうとしたことではなく、左SHのクラウジオが個人単位のアイディアでやりだした事なのかもしれない。


しかしサウジも5-4-1撤退の強みであるゴール前での人数の厚さを活かし、ピンチを迎えるもののゴールキーパーの所までボールは届かせない。


そうして後半から10分が経過した所で、徐々にサウジのラインが前半の高さを取り戻し始めた。がしかし、ブラジルの流れは止まらず、サウジはペースを取り戻せないまま試合が進む。

要因としては、「SHクラウジオの降り」と「(サウジの撤退による)CHの自由化」が同時多発的に起きた事によって、サウジが想定していたよりも大きく流れがブラジル側に傾いてしまい、ラインの高さを戻しただけの変化ではペースを取り戻すには至らなかったのだと予想する。


そんな状況を見かねてか、サウジアラビアは70分に選手を2枚替え。陣形は変えないまま、右CHと右SHを新たなユニットに入れ替え、勢いを取り戻しにかかる。

しかし依然主導権はブラジルが握り続けたまま一方的な展開が続く。

そうし後半30分。とうとうゴールが生まれる。
効果的な間受けでブラジルのボール保持を蘇らせたクラウジオに変わって投入されたヘイニエルが左SHで役割を引き継ぎハーフレーンに位置取り、大外の左SBアラーナが空く形が生まれる。
後方からそこにパスが入り、角度をつけていとも簡単にペナ横侵入し、それを止めるために与えたFKからブラジルが勝ち越しゴール。

結局左SHの一工夫が戦況を大きく変える形となった。



その後は、一向にペースを握る事ができずとうとうスコアまでリードされてしまったサウジアラビアに反撃の手立てもエネルギーも残っておらず、後半ロスタイムにとどめの3点目が決まり試合終了。
3-1でブラジルの勝利となった



総括

形上はセットプレーによる得点の応酬のような形になったが、勝負を分けた3つのセットプレーはいずれも脈略に沿ったものであり、実際は
前半は理想的なサッカーで相手を内容で上回ったサウジアラビアだったが、ブラジルの勝負強さを前にスコアでのリードは奪えず。後半はブラジルが一工夫(とサウジのトーンダウン)によって完全に試合の主導権を握り、押し切って勝負を決めた。」という形になった。



同じ国の同じカテゴリー相手と戦い(基礎技術に大きな差はなく)、普段から同じメンバーでトレーニングを積み、試合でのチャレンジとそのフィードバックを繰り返す。そして足りない部分は補強によって選手の質を保つ…
そういったクラブチームの戦いとは違い、代表戦は普段全く別の組織で活動している選手達がその場に集められ、ごくわずかな短期間でその時点での完成度を競うものだ。
加えて今回は年齢制限もある。

そういった状況下では、より1人1人の基礎技術や判断力、そしてその場その場の状況に対応する適応力が勝敗を左右する決め手になりやすいと感じさせられた。


勝負を決めた一工夫に関しても、サウジのような徹底して仕込まれたものではなく、あくまでその場の状況に応じた判断だったわけで、そういった選手としての幅や理解度があるのかどうか?

そこ含めて、その国がそういったサッカー選手を育てられるかどうか

国と国との戦いとなる代表戦は、2時間やそこらで十数人vs十数人で勝敗を決するものではなく、その国のサッカー文化の習熟度の結晶のぶつかり合いとして考えられるなと、普段代表戦を全く見ない自分は興味深く感じた。


美しい設計図に対して、部品の質が足りなかったサウジ。
小難しい仕組みにせず、柱の強度と柔軟性で差を見せたブラジル。

スタイルの対立構造、そして代表戦特有の性質が見られ非常に面白い試合だった。

以上。
お疲れ様でした。


PS:主旨間違ってたらマジごめんなさい。