第47話.ブルーマンデーキッズ【Original Sin】

「修治がこれから乗る飛行機。……落ちないと良いな?」
「縁起でもない事、云わないでください。他の人も乗るんですから」
「いや、敢えて云わせて。もう誰か亡くすの嫌なんだよ」
 バッグを置いたまま、梶は立ち上がる。その間も目の前の飛行場は忙しない。
「修治が見繕ってくれた資料、3分の2程、目を通した」
「朝迄、事務所に居たんですか」
「一旦、家に帰ったよ。昔、勉強してた頃の手帳を取りに戻って」
 瞬きもせず、話し続ける梶。黙って横顔を眺めている國村。
「思い出してた。気が合う友人が居て、妹の婚約者だった。弟がオレと同い歳。結婚に反対してると相談された。オレが日本に行っちゃうからねって。翻訳の仕事なら副業で良いだろう、曾祖父の代から続けてきた店はどうするんだ、継ぐのは兄さんだろうって。セイゴ、どうしたら良い? って。彼の背後にある見えない円。その時、同じ種類を持った人達との共通点を捜し始めた」
「……御友人の持っていた『印章』を訊いても良いですか」
「継承の印章。使い方によっては親や故郷に一生、囚われる。でも当時のオレは『印章』もそれぞれに名前がある事も知らなかった。パンドラの箱を開けてしまった事にも」
 雲が動き、明るくなるウッドデッキと対称に、濃い二人の影。
「祖母から店を継ぐ様に云われた弟が自棄を起こした。以前に話した無理心中。友人だけが助かって、彼は一人、ルクセンブルクに残った」
「友人の代わりに日本に来たのでしたね」
「仕事相手は大阪に居るって訊いたんだけどね」
 溜め息を吐く梶。
「背後の円を研究している『中央』という機関。代表は『学べば身内が不幸になる。しかし日本で印章のジンクスは起こらない。日本に神は居ないからだ』と云われた」
「八百万の国で何を云っているんでしょうね……私の父は」
 今度は梶が國村を見る。
「日本で開けてはいけない箱と云えば、玉手箱ですね」
「世界中、箱だらけだな」
「桜海くんは朝から代表の遠縁の家ですか。まあ、実際、父は戸籍の年齢より20歳近く若いですし、彼も経緯を知りたいでしょう」
「色々、手遅れなんだろうって。修治が頑張っていた7年近くもオレ、何をしてたんだろうね」
「良いんですよ。貴方も怜莉くんも桜海にも自由に動いてもらう訳にはいかなかった。『秘匿の印章』を持った私が留まった理由でもあります。それにもう手遅れだからこそ、私達は自由です」
「何となくさ。そういう気はしてたんだけどさ。千景と百音の娘の莉恋ちゃん。怜莉の親友の息子。次世代の世話役は準備済みって訳ね」
「……多くを巻き込んでしまう事になって」
「そういうけど、今から誰か迎えに行くんだろ?」
「ええ」
頷く國村。
「こっちも怜莉の親友を呼びたい。全員、集まってから話そう。出来れば年内に決着を着けたい」
「……年内ですか」
 ケータイを開く梶。開封された千景からのメール画面を再び開く。
「千景は影響力の象徴である『印章』を持たないから周囲は重要視しないけどさ。『印章』の影響を受けにくいって相当だと思うんだよね。おまけに視力も聴力も良い。オレ、最初、ひびってたもん」
 くすくすと笑う國村。
「オレが会えたのなら、千景も会えると思った」
 云って、ケータイを國村に渡す梶。國村は文面に目を通す。

 ― 怜莉の彼女に会えました。普通のカップルって感じでしたよ。年齢は二十歳前後でしょうか。あっさり会えたんで、一カ月近くも警察が接触どころか、姿も見ていないのが不思議です。

 時折、手を止めながらスクロールをし続ける國村。一番下に貼られた画像を見て、険しい顔をする。

「彼女がイブかどうか。桜海じゃないと分からないかもしれない」
「梶さん。千景くんが描いた絵。ブルーマンデーキッズの兎です」
 梶もまた黙り込む。
「オレ、知らないんだよね」
「……小中学生女子に人気のキャラクター。大きな梨の上に小さな動物が何匹か座っていて、皆、憂鬱って設定。莉恋ちゃんがロバのキャラクターを集めています」
「莉恋ちゃん、幾つだっけ?」
「8歳……小学二年生です」
 受け取ったケータイを畳みながら、軽く閉じた目を開けて、聞き取れない様に声を出す。
「もしかしたらさ。やばいんじゃないの……これ?」
 目を合わせると確認をする國村。
「白いパーカーの袖口に兎の刺繍。姿を変化させられる『秘匿』の持ち主。怜莉くんと一緒に住んでいるのは事実ですよね……もし彼女が……」
「もし彼女がイブなら……イブは子供服を着ている」

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