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日本と海外のデジタル教育事情

2019年12月3日、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)の2018年調査結果が公表された。

本調査は読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの三分野について三年ごとに実施されるものだが、とりわけ読解力の順位の低さが課題として浮き彫りとなっている。

順位の低下に関しては、読解力そのものが相対的に落ちているとの指摘の他に、2015年調査から回答方式がコンピュータ方式に移行したためという説も浮上している。

だが、回答方式の移行は日本だけではない。条件が同じである以上、「回答方式が変わったのだから順位の低下はしょうがない」とはならないだろう。
また、今後の教育の在り方を考える上で重要なのは「何が問題だったか」よりも「むしろ問題をどのように解決するか」である。

日本におけるデジタル教育の課題は「現代社会に即した教育方針」「デジタル機材の整備の遅れ」「古典的な一斉授業に教育内容が偏っている」という三点が挙げられる。今回はこの三点について、他国と比較しながら考えていきたい。

現代社会に即した教育方針

実のところ、現在の学習指導要領はある程度現代の時流を反映したものと言える。このため、これを「課題」と考えるのは奇妙な部分もあるのだが、現代の教育目標として求められているスキルは何かが分かる良い例でもあるし、実態がいかにこの目標と乖離しているかを考えるためにも目標が何なのかは押さえておきたい。

学習指導要領の根幹にあるのは「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力など」「学びに向かう力、人間性など」の3つの柱からなる「資質・能力」である。この「資質・能力」を得るための具体例として話題の外国語学習やプログラミング学習があるわけである。

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また、何を学ぶかだけでなく、どのように学ぶかという面に関しても「主体的な学び」の視点、「対話的な学び」の視点、「深い学び」の視点の3つの視点(「アクティブ・ラーニング」の視点)を重視するとされている。

学習指導要領に問題があるとすれば、その実効性や有効性の部分と思う。例えば今回の学習指導要領では言語活動の充実が重視されており、小学校の算数での取り組みとして

「思考力,判断力,表現力等を育成するため,各学年の内容の指導に当たっては,具体物,図,言葉,数,式,表,グラフなどを用いて考えたり,説明したり,互いに自分の考えを表現し伝え合ったり,学び合ったり,高め合ったりするなどの学習活動を積極的に取り入れるようにすること」

とある。だが、この取り組みは元々やっていたのではなかろうか?そもそも算数を「具体物,図,言葉,数,式,表,グラフなどを」用いずに考える方が難しいからこの部分は自動的に行っていて、普通は先生が分かっている子供に指名して答えさせるのだからその子は説明・表現を行っている。もし従来の方式から発展させるのだとすれば「答えていない子供」に対するアプローチをどうするのか、という部分になるが、この文章からはそうしたアプローチは見受けられない。他の例にしても、「私が子供だった頃から発展してないやん!!」というのが結構あった(一応擁護すると、「新しい」内容もある)。

具体例が実効性に乏しいのは、日本の教育現場において現状打てる手が乏しいという事実を反映しているのかもしれない。以下ではそうした問題を見ていく。


デジタル機材の整備の遅れ

文部科学省は2025年までに児童・生徒1人1台の教育用コンピュータを整備するという目標を掲げている。だが、平成30年度における調査の段階で大半の学校で3人に1台を大きく下回る整備状況でしかなく、目標の達成は厳しい。
こうした機材の整備は教育方針をどうするか考えなくてもとりあえず機械的に行えば済むので、教育のデジタル化という点において一番単純な手法だ。
その一番単純な段階すらクリアできていないので日本のデジタル教育は遅れている、との警鐘が鳴らされているのだが。

他国の例だが、例えば教科書そのものをデジタル化している国もある。

米国では、州によっては電子教科書や電子書籍を教材化している。補足をすると、そもそも米国では教育方針をどうするのかは州ごとに定める、とされているため、デジタル教科書を導入するか否かは州によって異なる。また、米国における国語の授業では本を1冊丸ごと読むという形式をとることが多く、商用の電子書籍が教科書となる場合もある。

韓国では2018年からすべての小・中・高等学校でデジタル教科書が使用されるようになった。ただし、元々2015年までに全面導入する予定だったのが悪影響(視力低下やゲーム中毒など)への懸念から延期になったこと、現在でも紙媒体の教科書との併用となっていることは申し添えておくべきだろう。

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米国・韓国いずれの場合においても、デジタル教科書はおおむね紙媒体の教科書を電子書籍に落とし込んだ感じで、タブレットにダウンロードして使用する。ただ完全に紙媒体と同じではなく、映像・音声資料の存在や、課題を電子媒体として取り扱うことができるなど、デジタル教科書ならではのメリットも存在する。

古典的な一斉授業に教育内容が偏っている


日本で一般的に「授業」と聞いたときに思い浮かべるような形式、すなわち教員が子供に内容を教え、子供に家出の宿題を課す、といった形式は一斉授業と呼ばれる。


一斉授業は工業化時代を背景として生まれた形式ともいわれ、基礎的な知識を効率よく教え込むという面においては効率が良い。ただ、現代求められているスキルが知識だけではない以上、一斉授業だけでは厳しいものがあるのだ。


他の授業形式の例として有名なのが「反転授業」である。これは授業外で知識の習得は済ませ、授業では知識の確認や問題解決学習を行う形式である。授業外で知識の習得が可能になるのはデジタル教材があってこそといえよう。米国で先行しており、非営利組織「カーンアカデミー」が教材を提供、同組織はBill & Melinda Gatesの資金援助とグーグルからのコンテンツ制作協力を受けている。無料で3000を超えるビデオ教材と練習問題を順番にこなすことで体系的な学びが可能なようになっている。

その米国で、オバマ前大統領が取り上げて話題となった「STEM教育」は、"STEM"がScience, Technology, Engineering, Mathの略であるがゆえに理数科教育ととらえられることが多いが、本質は「自ら学びとる」ことにある。すなわちSTEMの領域を横断的に活用し実用的なモノづくりを行うという教育がSTEM教育であるため、いわゆるそろばんはSTEM教育ではなく、自分でロボットを作ってプログラミングを用いて動かす、といった内容がSTEM教育ということになる。

(以下、2020年2月9日追記)

なお、こうした一斉授業以外の授業方式は最近のように思えるが、教える分野によっては半世紀近く前に既に通過した道でもある。興味のある方は「開発教育」について一度調べてみてほしい。

(以上、追記)

まとめ
 

日本のデジタル教育が進んでいるか遅れているか、と言われれば遅れている、と言わざるを得ないだろう。少なくともパソコンが学校に普及していなく、活用もされていないというのは問題であり、機材の導入と、パソコンをどう活用するのかという教員のスキル獲得は早急に必要だ。

だが、必ずしも最新の方針を受容すればよい、というものではない。特に授業形式においてこれは顕著になる。

学習というものは例えるならば、「道具の使い方を学び、それを活用する」ということである。この例だと、一斉授業は「道具の使い方が分かる学習」で、反転授業やSTEM教育は「道具の活用法を考える学習」である。
 

一斉授業で行っているのは「道具の使い方」だけなので、日本が「活用」の部分で弱いのは至極当然である。また、与えた道具がどう役に立つのかを教えていないせいで、「こんなの知って何の役に立つの?」という疑問も生まれてくる。

このため、反転授業やSTEM教育といった上積みが現代では求められている。だが、あくまで「道具の使い方が分かっているから活用ができる」のであって、道具の使い方が分かっていない状態で応用をしようとしても、
「大工道具の使い方が一切分からない人にDIYをさせる」ようなもので、それはうまくいくわけがない。

つまりは基礎を教えることと応用をさせることは結局どっちも必要なので、ある意味基礎を重視する日本式教育は正しかったということもできる。正直15歳という「早い」段階で応用まで求めるPISAの在り方はどうなのか?という気がしないでもない。一方で現在の日本の教育方針に応用が欠けているのは事実であり、少なくとも高等教育の場は応用が中心になるよう青写真を描くべき時が来ている、というのが学生身分を卒業により失ってまだ数年の、一人の若者の感想である。

参考

文部科学省「小学校学習指導要領解説」https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387014.htm

政府広報オンライン「2020年度、子供の学びが進化します!新しい学習指導要領、スタート!」https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201903/2.html

教育とICT OnlineSpecial「"児童・生徒1人1台"をかなえる。授業や校務に適した2in1モバイルPC」https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/NXT/19/dynabook1113/

藤田哲雄「デジタルで変貌する世界の教育と日本の課題」https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/10556.pdf

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