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ポリハレビーチまで 3)カウアイ島へ



カウアイ島への旅が決まったのは、ヨーコが死んでもうすぐ1年という頃のことだった。

たまたま仕事で長い休みをとれる時期だったことと友人がそこを訪れるタイミングが重なり、どんな島だかよく知らないままついて行くと決めたのだ。

私はヨーコの死を、まだリアルに受け入れられていなかった。

もちろん頭ではもうヨーコがこの世のどこにもいないと知っていた。

けれどふとしたときに、「これはヨーコに知らせなければ」とか「一度ヨーコにも意見をきいてみよう」と、ごく自然に考えてしまうのだった。それも頻繁に。

ヨーコとは笑うツボも音楽の趣味も同じだったから、面白いものを見つけたとき、いい感じの音楽をみつけたとき、「お! これはヨーコに教えねば!」とテンションがあがり、次の瞬間「あ、ヨーコはおらんねやった」と気分が沈む。
その繰り返しの日々だった。

気持ちが一度高く上がった分だけ落ち込んだときの落差は大きく、そのたび心の中のどこかに傷ができ、その傷はいつまでも乾かずにじゅくじゅくと膿んでいく。

かさぶたにもならない傷が、約1年の間に私の心の中に夥しく増えていた。


だから友人がハワイ諸島のひとつであるカウアイ島に行くといったとき、私もついて行くと言ったのだろう。

常夏の明るい南の島ならば、この傷たちもせめてかさぶたになるのではないか、と思って。

健やかで眩しい日差しが浄化してくれるのを願い、すがるような気持ちで。


カウアイ島の南にポリハレビーチという小さな海岸があり、そこから見える断崖が現地の人に「死者があの世に飛び立つ場所」と信じられていると知ったのは、旅立ちの少し前のことだった。

ネットで調べてたどり着いたその場所の画像は少し荒く、ざらざらとした画の中の空は曇っていて乾いた風が強く吹いているようだった。

砂粒交じりの風の向こうに、赤茶色の崖が霞んで見えた。

画の中に人はおらず、過去にも現在もそして未来永劫、そこに生きた人間は存在しないどこか知らない星の風景みたいだった。

その画は強く私を惹きつけた。

ヨーコがそこで待っているような気がした。


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