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ありがとう、お爺ちゃん。

お爺ちゃんが、仏様のところに行ってしまってから、49日が経ち、お墓にお爺ちゃんを納める日が来た。

お骨がお墓に入るのを見届けて、それでもまだ、二度とおじいちゃんには逢えないのだと言うこと、お爺ちゃんが死んでしまったと言うことを現実に思えないままでいる。

お爺ちゃんはいたずらとカメラが好きだった。
初孫だった私をいろいろな場所に連れてってくれてはそれを写真に収めてくれていた。幼稚園の行事写真も、小学校の運動会の写真も、お爺ちゃんがとってくれた。
お爺ちゃんはちょっと意地悪な人で、私と会話こそそんなにしないもののよくこちょこちょやちょっかいをだして触れ合おうとしてきた。
今思えば大人はよく私のことをこちょこちょしたけれどそれは初めての小さな子供に対してどんなふうに接せばいいかわからずすぐに笑かせるこちょこちょという手に及ぶしかなかったのかもしれないと思う。不器用な大人が周りに多かったんだなあと思う。お爺ちゃんもそう言う意味では不器用な人だったのかもしれない。
子供の頃はお爺ちゃんの家によく泊まった。
夏になれば盆踊りがあっておばあちゃんに浴衣を着せてもらって、私は踊りが昔から好きだったからそこの地元の子より大真面目に踊りこなしてヤグラの上に招かれて踊ったこともあった。
そんな私の姿もお爺ちゃんは撮ってくれていた。
お爺ちゃんも踊りが好きだったから、一緒にも踊った。お爺ちゃんは楽しそうだった。私も、楽しかった。
泊まりに行くとお爺ちゃんは決まってピザを頼む。お爺ちゃんはピザが大好きだった。大きなピザを前にして私も喜んでピザを食べた。私が美味しそうにピザを食べるのを見てお爺ちゃんはより一層嬉しそうだった。
朝になれば野菜のふりかけをかけたご飯を食べて、決まってアロエヨーグルトを食べていた。お爺ちゃんちから帰るときのお土産の中には決まってこの野菜のふりかけが入っていて私は今でも時々このふりかけご飯が食べたくなる。

「棺桶にお爺ちゃんの絵を描いて入れてあげて」と言ったのはお母さんだった。
私はそう言うお爺ちゃんとの思い出を一つ一つ思い出してお爺ちゃんが好きだったものを頭に浮かべた。
ピザに、カメラに、団子に・・・
好きなものに囲まれたお爺ちゃんのいたずらっぽい笑顔を描いてプリントした。
今まで描いてきた絵の中でもかなり上手に描けてびっくりした。
ポストカードサイズに印刷されたイラストをお葬式ですっかり綺麗にお化粧されたお爺ちゃんの棺に入れた。
お花もたくさん入れて棺が閉じられて、霊柩車で火葬場まで運ばれて
骨になった姿も見た
骨壷にも長いお箸で入れた
お墓に入るのも見た。
今、こうやってお爺ちゃんの思い出を紐解いて文章にしていてやっと少し実感が湧いてきた気がする。少し目頭が熱くなってきた。もうお爺ちゃんとふりかけご飯を食べることはないんだ。ピザを喜んで、一緒に食べることはないんだ。カメラに映してもらうことはないんだ。
もう十年ほど前には痴呆が始まってしまって、1番最後にお爺ちゃんに会った時には横になって口をあぐあぐさせてる姿しか見られなかった。
それでも、私の思い出の中にはいたずらっぽいお爺ちゃんの姿が色濃く残っている。
お爺ちゃん。お葬式の時年齢が読み上げられて「ああそんなに長生きしたんだ!」って思った。そんなに長い人生の中で私がお爺ちゃんと過ごした時間は多分ほんのひとさじだ。それでもお爺ちゃんが私を大事に思ってくれていたことはお爺ちゃんが撮った七五三の写真が額縁に入って大事に飾られていることからも感じられる。
きっとこれから、じわじわと、お爺ちゃんはいないんだなあと理解していくと思う。きっと涙は出ない。優しさしか思い出せないから。
ありがとうお爺ちゃん。
さようならお爺ちゃん。


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