未定

 これで終わりではない。終わったと思ったときが大概はスタートであったりする。

 1人の青年が歩いていたのは夜の公園の散歩道だった。いつもはこの道は遠回りになるのだが、今日はもう少し夜風にあたっていたかった。昼間は子供がいっぱい走り回っている、少し幅のある道だが今は周りを見渡しても青年しか通っていない。0時をすぎている時間なので至極当たり前なのだが、改めて思うとなぜかそれがとても不思議に思えた。

 あれほどうるさく鳴いていたセミがこの時間になると1匹も鳴いていない。昨日雨が降ったせいか、土の湿った匂いが鼻を過ぎる。なぜ今日に限っていつもは見過ごしているようなことばかりに気づいているのだろう。かっこよく自問自答してみたが、実は理由はわかりきっていて、まあ仕事がうまく行かなかったから。なんの変哲もない、普通のサラリーマンの悩みだ。上司に怒られてへこんでいるだけ。世の中の人間からみたらちっぽけな悩みだ。

 途中ベンチに座りながらこんなことを考えていると、突然空気が変わったような気がした。さっきまで鈴虫がうるさく鳴いていたが、今は不気味なほどに無音だった。音だけでなく、人を不安にさせる嗅ぎ慣れない鉄錆びた匂い、血の匂いがかすかにした。ベンチを立った。ここに長くいてはいけない気がしたので、さっさと帰ろうと思い、帰り道に足を向けたその時、そばの生垣から見たくないものが見えてしまった。白くて長い、女性の手。土で所々汚れているが、それ以上に目立つ汚れがあることに気づいた。血で汚れていた。この場合は救急車だろうか、警察だろうか。とりあえす意識確認が先だ。
「あのーすみません、大丈夫ですか?」
ぴくっ。手が少し反応していた。意識はあるようだ。血自体は日常生活では普通に見ることではあるだろうが、こんなに大量の血を見たのは初めてだ。
「んん、騒々しいな」
いきなり、何事もないかのように喋り出したので少しびっくりした。
「あの、血が出ているので怪我してるみたいですけど大丈夫ですか?」
「ああ、これか。私の血じゃないから大丈夫じゃ」
「もしそうだとしても、倒れていたのですから」
ならその血は何の、あるいは“誰“のものなのか。口には出さないものの、その疑問がこの後も頭から離れなかった。
 ...るほどな
何かを悟ったかのようにぼそっとつぶやいたのを聞いた。そして、今まで彼女を心配しつつも何なのかという興味が恐怖に変わろうとしていることも感じた。そしてそれを察したかのように彼女は言った。
「まあそう怖がるでない。間が悪いときに見てしまっただけだ。別にあんたをとって食おうなんて思ってない。」
今まで寝転んでた彼女が急に起き上がると近くのベンチに座って話し出した。
「あのう、でしたらその血はなんですか。」

勇気を出してきいてみた。

「確かにこれじゃまるで私が殺人鬼みたいだったな。血についてはこれから説明しようとしてたことだよ。」

ちなみに話を続けようとしている彼女だが、彼女の右半分は未だに血まみれだ。これで普通に会話している僕もおかしいといえばおかしいのかもしれないが。

「説明する前に1つ、物語を話してもいいか?私をいくら怪しいと感じても信用しないでいてくれてもいいが、いまから話すことだけは覚えておいてほしい。今後の君にとっておそらく、いや、必ずと言っていいほど必要になってくるだろうからね。」

どうせ帰っても寝るだけだ、同じ毎日に退屈していたところだから少しだけ付き合ってみよう。そう思いながら、深夜の公園で見知らぬ女性の”物語”に耳を傾けた。

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