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季節の博物誌 13 冬の樹

 木枯らしが街に吹き始めた初冬のある日、広い公園の雑木林を歩いた。
 鬱蒼としていた林は、一日毎に空が広くなり、明るい冬の光があふれていた。所々に残っているハゼやイロハモミジの黄色や赤に色づいた葉が、澄んだ空気に映えている。古い大きなケヤキの樹の下に来て、美しい枝ぶりや、その向こうに広がる空の様子をしばらくぼんやり見上げていた。
 緑が一斉に芽吹く春の林や、新緑が風にそよぐ初夏の林も魅力的だが、一番好きなのは、葉を落としたこの季節だ。広葉樹が一年の仕事を終えて、ようやく本来の姿に戻ったというように、木肌や枝ぶりも、それぞれに人格を持って屹立しているように見える。
 足元に落ちている色鮮やかな一枚の葉を拾うと、それは近くにあるヤマザクラの老木の落ち葉だった。顔を近づけて、葉の模様を観察してみると、濃い赤を基調に、灰色に霜枯れた部分と、夏の名残のみずみずしさをとどめた緑の領域、その中間の黄色い部分が絶妙なグラデーションをつけながら配置され、その上にインクを一滴二滴と落としたような斑点が散らばっている。もっとも濃い赤の部分には、虫の食った小さな穴が三つ開いていた。まるで誰かが作った造形作品のようだ。そこには、日光、雨、虫など、葉が触れたものの痕跡がはっきりと残っていた。樹の年輪に年々の気候の変動が刻まれているように、葉の一枚一枚に、春から今に至るまでの時間が記録されているのだ。そして足下に分厚く積もった落ち葉の層は、数え切れない時間の積み重なりなのだと気がつく。
 私の好きなあるギタリストは、インタビューの中で、樹の葉や枝が風にそよぐ様子に演奏のインスピレーションを受けると語っていた。彼の弾くバッハや古楽を聴くと、その弦のタッチに、風に揺れる枝や葉のしなやかさに似たものを感じる。森や林に来ると心が落ちついたり、大事なことを思いついたりする人は多いと思う。樹が人間の心に及ぼす影響は想像以上に深いのだろう。湿った土の中で菌類が落ち葉を分解する匂いの中に包まれていると、考え事に疲れた頭が、しんとした白紙に戻るようで、心地いい。


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