見出し画像

My Favorite Things(7) スナップドラゴンとコールマン ホワイトガソリンバーナー

リチウムイオン電池の発明でノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが科学を志したのは、子供の頃にファラデーの『ロウソクの科学』を読んだことがきっかけだったという。19世紀のイギリスの化学者・物理学者であるファラデーが少年少女向けに講義をした内容を書籍化したもので、実験をしながら話しかける構成になっている。様々な問いかけや気づきと実験と論証を繰り返すことで、日常のありふれたものの中に様々な不思議や原則が潜んでおり、それを人間が手繰り寄せる知的な楽しみを分かりやすく紐解いた名著だ。

吉野彰さんだけでなく、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典さんも幼少の頃、この本を読んだことが科学に興味をもったきっかけだったという。当時は今のようにSTEM教育が注目されたり、子供向けの科学教育のコンテンツが皆無だっただろうから、ここに挙げた著名な二人の科学者に限らず、往年の多くの少年少女が科学に触れる貴重なきっかけになったのだろう。

この本は吉野さんの影響から世間から注目され、あちこちの本屋の店頭に平積みされていた。リバイバルヒットしたわけだ。

私も中学の頃、岩波文庫の『ロウソクの科学』を読んだ。とても興味深く、ロウソクが燃焼するという当たり前の事象の深淵さを覗いた気がしたが、今なお覚えているのはスナップドラゴンという遊びだ。(Androidに搭載されることが多いCPUと同じ名前だけど、そっちじゃない)

スナップドラゴンとは浅い皿にブランデーを入れ、そこに火をつけて燃やし、レーズンを投入しておき、そのレーズンを手掴みで取って食べるという遊びなのだそうだ。

当時この記述を読み、香りたつブランデーと青い炎、ブランデーが染み込み温められたレーズンの香りと味わいを想像して舌舐めずりしたものだ。ああ、やってみたい、食べてみたい、と。そんな次第なので、私は科学者にはなり損ね、単なる食いしん坊になったのだった。

炎、それは有史以来、人間と獣を分ける分水嶺であり、炎を操ることは人間の証でもある。人は炎に魅了され、炎の前に人は寡黙に内省的になる。

私が初めてコールマンのホワイトガソリンのバーナーを入手したのは大学生の頃だった。この頃は一人で地図とコンパスを手に関東近郊の山に分け入っていた。都心では味わえない圧倒的な大自然の中を歩き、それほど高くはないとはいえ山頂に辿り着くのは達成感があった。山頂で美味しいコーヒーを飲んだり、温かい食べ物が食べたい。そう思って購入したのがコールマンのバーナーだった。

山行に携行するのであればより軽量でコンパクトなガスバーナーが有利だとは思う。点火も一瞬で行え、値段だって安い。当時も様々なメーカーから様々なガスバーナーが出ていたし、信じられないぐらいコンパクトなモデルだってあった。だけれどもあえて不便で重たいホワイトガソリンのバーナーを買ったのには訳がある。

僕は子供の頃、ボーイスカウトで、キャンプはたくさんやってきた。煮炊きに利用するのは薪を拾ってきてマッチで火をつけた焚き火だ。だから火を起こすのに時間もテクニックも必要になる。火を起こす儀式めいたことを省略し、家のガスコンロのようにパッと瞬間的に火を付けるのは、どうもしっくりこないと思ったのだ。

それでこのコールマンのホワイトガソリンのコンロと、大きさが違うアルミ鍋がマトリョーシカのように入子構造になっているコッヘルを入手し、ザックに詰めて山に行った。山頂でコーヒーを淹れたり、袋麺のラーメンを作って食べたりするのは、実にいいものだった。当時一人暮らしの部屋でも冬場に鍋を作るときには、このコンロの火で食べたりしたものだった。

このコンロは社会人になり、山に行かなくなり、何度かの引っ越しを経て、このコールマンのコンロがどこかに行ってしまった。

子供たちが育ち盛りになり、家族でキャンプしようと思った時に真っ先に手に入れたものの一つがコールマンのホワイトガソリンのバーナーだった。料理用にはガスのツーバーナーがあるので何に使うのかよく理解されなかったけど、私にとっては火を使うのはアウトドアやキャンプの象徴的なこと、あるいは目的の一つであり、そこをイージーに済ませてはならないと思ったのだった。焚き火とホワイトガソリンのバーナーは火をくべる原点のようなところがあった。

ホワイトガソリンを詰めてキャップをしっかり締める。ポンプノブを引き出して反時計回りにやや緩め、中央の穴に親指を押し当て何度もポンピングする。最初のうちは手応えなく押し込めたのがだんだん反発力を増し、やがて押し込めなくなるほどになるとポンピングをやめ、ポンプノブを戻し時計回りに回し切る。

この時、タンク内は空気が圧縮されて入っており気圧が高まっている。この状態でコンロの口にマッチを擦って持っていき、バルブを緩めると、水気を含んだガスが少しづつ滲み出るような音がしてボッ!と火がつく。

まだ炎は紅く、そして高くまで立ち登る。そこでポンプノブを再び捻りポンピングを繰り返すとやがて炎は青く輝き炎も安定する。ここまできたら後は料理に使える。

キャンプサイトの夜、このバーナーに小さい鍋を載せてアヒージョを作ったりする。メインの食事というよりちょっとしたものを作るのに使う。

そして朝、まだ子供たちがテントで寝静まってる時間に、ひとりお湯を沸かしてコーヒーを飲んだり、朝食に目玉焼きやソーセージを焼いたりするのに使っている。メインは焚き火の熱源やガスのツーバーナーがあるが、このホワイトガソリンのバーナーは私のアウトドアの矜持のようなものだ。なくても困らない。でもあると満ち足りた気分になる。

実用性ではなく、感傷的なもの。私にとってコールマンのホワイトガソリンのバーナーはそういうものだ。

そう、世界は素晴らしいモノで満ち溢れている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?