香水の名前は教えないで

ある男の子は昔の好きな人の匂いがする。
柔軟剤だろうな、懐かしい。

ある女の子が最近何か臭う、と言う友達がいる。
そんなこと言われる女の子にはなりたくないと思う。

街中で私の香水の香りがしたと言っていた彼がいる。
男女ともに良い香りと定評の私の。

電車の隣の人はトムフォードのあの香りがした。
いつかの彼がタバコと相性が良いと言っていた。
ちらっとポケットを見るとタバコが入っていた。

雨の振り始めの匂いが好きだ。
だから鬱陶しい雨も悪くない。
雨振りではなく、濡れたアスファルトに焦点を当てた作家に敬意を。



人間が1番記憶に残るのは匂いらしい。
たしかに、懐かしんだり、切ない気持ちになったりする数々の要因は匂いであることが多い。

ふと街中で香った匂いが会いたいと焦がれたあの人であるかも、と振り返ることが何度か。


だいたい、いい香りの人には香水の名前を聞く。

私の人生で1番匂いとしてしか残っていない匂い。

それはあの彼の、絶対に名前を教えてくれなかった香水だろう。
人生で1番いいと思った香りだった。
彼がつけていたからかもしれないけれど、それでも自分もつけたいと、1番そう思える香りだった。

いや、違うかもしれない。
答えを導き出せない問題に苦戦するようなものだ。
気になって気になって仕方がない。
どうしても知りたい。

何度も聞いた。それでも、一度も答えてくれなかった。
アトマイザーに詰め替えて持ち運ぶもんだから、盗み見ることさえできなかった。

どんなこだわりだよ、そう思っても、答えない彼はやっぱりずるい男だ。だって気になってしまう。

名前を知らない香りは、体で覚えるんだ。

何度も気になって、香って、癒されてを繰り返す私は馬鹿なのかもしれない。

いつかの夜、彼は私にふとその香水をつけてくれた。

車から降りて一人になった時、彼を思い出す。
だって、動くたびに彼の匂いがするんだから。

そんなことして、会ってない間も私の頭に入り込んで、体全体で忘れさせないなんて、きっとやり手なんだよ。
どこでそんな技、覚えたんだよ。



そして私は、それから何年後かに
好きな男の子に腕を差し出させて
しゅっと私の香水をかけた。
名前を教えてあげない、私の香水。


一人になった夜にも離れない私の匂い。
男の子は私を好きになった。


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