はじめては僕にして

ちょっと言い方が変になってしまった気がする。
でも、彼は言っていた。

彼はよくタバコを吸う。

元々吸う人を見てる側の人間だったらしい。

そんな彼がタバコを始めたのは、寂しかったから。
地元を離れて仕事をする彼が、その寂しさを埋めるために、地元の友人が吸っていた銘柄を吸い出した。

そんな彼の大好きな友人は、
 死ぬほど寂しくなった時に思い出す程度に吸ってね
 私達が吸う?って聞いて吸った時の味を思い出してね
そんなようなことを言っていたらしい。


 誰かを思い出して吸うタバコはいいんだよ、
彼はその話の後にそう言っていた。

本当のところは知らないが、私はそんな、綺麗な話を聞いた。
世間ではタバコに悪い印象が多い中、もちろん私もタバコに悪い印象しかなかった中、彼のタバコの話は綺麗だった。

そんな彼は、一緒にいるといつも、
自分が吸ってる一本の吸い口を、ふと私の方に向けて
 吸う?
と聞いてくる。

全然好きではなかった。
タバコを吸う人も、タバコを吸うことも。
だから、私自身友人に、吸う?と聞かれた時は必ず断っていたし、彼に聞かれた時も
 私は吸わないよ、
と、迷わず断る姿勢しか見せなかった。

何度も同じ時を過ごすうちに、私は彼が纏うタバコの香り、香水の香り、柔軟剤の香り、全てが好きになった。

全てが揃っていないと満足しなかったのかもしれない。

彼のタバコに肯定的になっていった。
それから、いつも通りの彼の、吸う?に対して迷う素振りが出てきた。

そしてあれはいつのことだっただろう。
少し寒くなった夜、彼の腕に自分の腕を絡ませて、温まっていた横で、

 はじめてを吸うなら僕のにしなよ。


本当にずるい、彼はいつもこうだ。

女の子ははじめてを大事にする、ということが万人共通だと思っているのか。
わたしはその人種であることをまんまと見抜かれていたのか。

はじめては、どんなことであろうと好きな人がいい、
そんな理想的なことはない。

ああ、人間の意思は、好きな人には通用しない。



あの時、断り続けてた私がはじめて頷いた。
結局一吸いだけだったけれど、それは紛れもなくはじめてだった。


その日を境に、彼は箱から2本出すようになった。
同じ時間を共有できているのが嬉しかった。


そんな彼とはもう疎遠になってしまったけれど、
あの嫌いだったタバコを、もし自分の寂しさを埋めるために買う時が来たのなら、はじめて彼に貰ったあの銘柄にしよう、と。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?