小説『再会』第七章「もうろう保健室」
「えー!作ちゃん結婚するの!」
作業部屋で、私はひときわ大きな声を放ってしまった。目の前のふたりは照れくさそうに笑っている。
小一時間掃除をするバイトはいい気分転換にもなるため、受験前といえど続けていた。今日も片付ける気満々で作ちゃんのもとを訪れたのだけど、扉を開けた瞬間目に入ってきたのは、信じられないほどぴかぴかに整理 整頓された部屋の光景だった。ぽかんと突っ立っていると作ちゃんに呼ばれ、上がると、部屋の奥にはすらりとした女の人がいた。
「まさか作ちゃん、こんなすてきな人をつかまえてたなんて……」
「いや、つかまえてたっていうか、元々あれだったっていうか」
作ちゃんが口をごにょごにょとまごつかせながら言う。彼の赤くなった耳を眺めながら、いつだったか作ちゃんとこの類の話をした日の記憶がふっと蘇った。
あのとき彼が、瞳の奥に隠していた人。後悔にも似た目の色。忘れられない人を憂う横顔。
「ごめんなさい、急に来てしまって。私はもう出なきゃいけないんだけど、麻莉ちゃんに会ってみたくて。そ れにしても、聞いてたとおり面白い女の子ね」
彼女さんがふわりと微笑んだ。シャーベットカラーの黄色いニットにスキニージーンズがよく似合っている。 清楚な外見と物腰柔らかい語り口に知性を感じる人だ。バッグを軽やかに手に取ると、彼女さんは花のような 香りを残して部屋を去っていった。
「すっごく美人なお姉さんじゃん」
そう言うと、はぁと作ちゃんはとぼけた返事をしたが、表情には嬉しそうなものが漏れていた。
「もしかして、前に付き合ってたって人だったり?」
野暮かなと思いながらも、好奇心に打ち負けてこっそり訊いた。作ちゃんが困ったように頭を掻く。
「麻莉は、へんなところで察しがいいんだな」
「ふふ。あっ、というか結婚ってことは、この部屋はどうなるの?」
「まぁ、ゆくゆくはふたりで住むとこを探すんだが、互いの仕事の都合もあって、もう少し先になりそうだな」
「そっか、ちょっと寂しいなぁ」
そう口にすると、途端に胸がきゅうと切なくなった。この部屋がなくなるのは寂しい。それに、きっとこれ からは作ちゃんのとこに遊びにいくこともほとんどなくなるだろう。新婚の家にのうのうとお邪魔するほど、 私は無頓着でも図々しくもない。
「この町を出るの?」
「いいや、彼女も地元で働いているから。それに俺はやっぱりここが好きなんだ。一度は東京に出たこともあったけど、俺には大きすぎるというか、情報量が多いぶん過剰に入りすぎる感じがして、結局この町が一番スト レスなく仕事できる」
「ふうん、なんか、いい話」
「そうか?」
「うん。ていうか、もう私がバイトする必要なくなっちゃったね」
きれいに片付いた部屋を見回す。受験前でもあるし、辞めどきとしてはベストなタイミングだったのかもしれない。
「なんだか話がバタバタとしてしまってすまんな。あとでまた連絡するが、その、すごく助けられてたよ。あ りがとう」
作ちゃんが、少年みたいなつぶらな瞳で微笑んだ。しんみりした空気が部屋に流れて、私はそれを振り払う ようにぶんぶんと首を横に振った。
「ふふ、こちらこそ」
「まぁ、そんな気の利いたことが言えるわけじゃないが、小説のことなんかはいつでも連絡してこい」
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