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気がつけばお酒を止めていた話 その3


『報われる』って、何だろう?
給料も上がらず変化と犠牲ばかりを強いられるこの世界で。

桜の季節に京都の縁切り神社で御札を納めた後、事態は急展開していきました。(本当よ。でもこれを信じるか信じないかは貴方が決めることですから)

はじまりは職場からでした。

職場でのある午後のこと。
招集から戻った(元)上司の顔色が、青を通り越して白くなってました。

定年はまだ先のはず。
急遽全員と個別に面談したいとのことで、ひとりずつ会議室に呼ばれました。
私の順番は最後の最後だったと思います。

「いろいろ……いろいろ申し訳なかった……」
すっかり忘れていた或る一件をあげて、青い顔で頭を下げる(元)上司。

いや、そんな忘れていた件はどうでもいいんです。
その件は負担が掛かり過ぎるから、多忙な業務優先で却下されたのはとうの昔に納得しています。

そんな件ではなくて……と言葉で伝えようとしたけれど、止めました。
どうせ話したところで伝わらないのは想像できましたから。
私が言葉を発したところで、また怒鳴り出すのが関の山でしょう。

私はゆっくりと息を吐き切りました。
沈黙の重さ、味わいましょう。

言葉にならない言葉の断片が浮かんでは消えていきました。

酒癖が度を超えて悪すぎるあなたが、酒場の屁理屈を仕事場に持ち込んで来ることに、私は困り果てていただけなんです。
酒に呑まれ怒鳴り説教するように、職場で意味も無く絡んで怒鳴って、最後は謝るだけで済む訳ないでしょう?

確かに私は迂闊でした。お客様に絡まれるなんて。でも言い分も少しは聞いていただきたかったです。
女でも仕事するなんて言い返すなんて生意気っていう理由で相手が絡んでくる件で、絡まれたことに対して私だけを責めて怒鳴って満足でしたか?


私と業務上の会話を交わした同僚から、私が指導するはずだった後輩まで、片っ端から怒鳴り散らして私を孤立させて満足でしたか?
根も葉も無い噂話振りまいて、人の名誉傷つけて楽しかったですか?
私の行動一つ一つに絡んで言いがかりつけて楽しかったですか?


理由なんて後からどのようにでも言えるじゃないですか。

お陰様で私はこの職場の人柱。
私以外の職場の皆の結束固まってよかったですか?

私とは逆に、あなたが揉み消したあなたお気に入りの社員の不手際ですが、彼は常習です。前職場から数えるともう3回目でした。
彼は全然懲りてませんから。

私だけじゃないです。

一生懸命頑張っていた先輩達を、あなたは電話すら取らず上からの面倒を殆ど全て押しつけて、あげく「無能だ」と派閥の飲み会で言い散らして異動させまくって満足でしたか?

努力の末、多種多彩な業績を上げ続けてきたあの女子社員の称号剥奪して満足でしたか?
彼女には何も非がなかったですよね?
自分の立場を使って意味もなく力を誇示してみたかっただけですよね?

彼女、更衣室で号泣してました。
私に向かって「あなたのようにはなりたくない!」って彼女は言ってましたけど、それってあなたみたいな上司に孤立させられて職場の人柱のようには扱われたくないということでいいのかしら。

私慣れてるんです。人柱として扱われることに。
親の仕事の都合で、小さいときから私は転校続きだったから、人柱つくって結束高めたい安直な手段しか使えない人達のターゲットにされまくってきたから……諦めてるんです。

ある小学校にいた時なんて、こんなもんじゃなかったから。

日のご機嫌でターゲットを替えて授業もせず6時間以上説教続けるような教師と、そのクラスの児童達を助け出すでもなく見て見ぬ振りするような周囲の教師達。その授業放棄常習の教師はお偉い役職に父親がいるから教育委員会に訴えても無駄と言い切り、実際揉み消してもらってました。


そんな大人達にウンザリして、独りを選んだ可愛げのない子供だったから、別にこの程度……自分を守りたい人間は犠牲を欲しがるから仕方がないって諦めてるんです。

時間通りに職場へ来て、黙ってお仕事して、時間が来たら片付けて帰宅する。
この職場で求められることはそれだけなので、ある意味気が楽なんです。


どうせ私が辞めたところで、あなた達はまた次のターゲットを定めて絡んで後ろから撃つだけでしょう?

私が、ずっと前にあなたのボスからのありがたい社内派閥へのお誘いをやんわりお断りしたのは、次から次へと手駒のように扱われたあげく恐ろしい業務量と心労で倒れていった先輩達の姿が、明日の我が身に重なったからです。

人間は捨て駒ではありません。死んだら生き返りません。
ちゃんと『生きたい』から、断った。
ただそれだけ、なんです。
意味なんて無いです。

きっとあなたも周囲も「誰が撃ったのか(=告げ口したのか」と思うでしょうが、そうじゃないんです。
あなたが……あなた自身が自分の持ってる立場を誇示しようとした行動が、余りにも増長しすぎて見逃して済むような状況ではなくなっていたことに、あなただけが気づかなかっただけなんです。

あなたが、自分の重さであけた穴に、自分で落ちただけなんです。

何か訊かれればそのように答える準備はしていたけれど……静かなまま。

握りしめた手のひらに刺さる爪の痛さで、はっ!と我に返りました。

「ワタクシも、多々至らぬ点多く、申し訳ございませんでした」
私はそれだけ言って頭を下げました。

頭を上げると、(元)上司は白いハンカチで泪を拭っていました。
……だから何だというのでしょう。
一礼してその場を去り、会議室の扉を閉めました。

『報われる』って、何だろう?
給料も上がらず変化と犠牲ばかりを強いられるこの世界で。

酒を呑んで騒いで憂さ晴らし?
とりあえずビールを頼んでも、酒を呑んでも、問題は解決しません。
現実が先送りされるだけで、アルコールは分解されて尿になって排出されるだけです。
無礼講なんて騙されちゃいけません。
目上の上司が目下の部下に礼を失した行いをする為の言い訳です。

(元)上司の送別会では、お酒は最初の乾杯用のコップ一杯のビールで終わらせました。
(コロナ禍が発生する数年前だったので、送別会は普通にあったんです)
後はジントニックのジン抜き=生ライム果汁の炭酸割りで済ませました。

「あんなにお酒が好きだったのに?!」
職場の皆様が吃驚していました。
「私、(お酒に)弱いので」
強さ誇ったところで何もいいことないし。
狙って撃たれるだけだったでしょう?

「前はめっちゃ明るかったのに……こんな暗くなるくらいなら、お酒飲みましょうよ~」
私は明るくなんてないです。明るさを演じていただけなんです。

お酒が好きだから、もう会社の集まりでは呑まないことにしたんです。
(まだこの時は止めてなかった)
酒場の論理を職場に持ち込むようになったらお仕舞いだと、今この事実が語っているじゃないですか。

この(元)上司の部下でよかったことって、酒癖の悪さのみっともなさに気づけたことです。
酒に酔った人間が周囲にかける迷惑というものを客観視できるようになった、最初のターニングポイントになりました。

この時は、お酒は会社の人間関係の中では飲まないで、親しい友人と楽しく飲めばいいって思っていたんです。
……まだこの時は。

あ、この後に着任した新しい上司はすごく真っ当な上司でした。
皆が忙しい時に、代わりに電話受けてくださるし。
年末の大掃除も率先して手伝ってくださるし。
職場の人間関係も、仕事しやすく温厚にちゃんと整えてくださいますしね。

業績だけでなく従業員のメンタルヘルスケアに対しても企業が管理責任を問われるようになり、ストレスチェックが義務化されたせいもあるのでしょうけど。
何はともあれ、ありがたかったです。

ただ、上司が替わっても、やっぱり周囲に対して閉じてしまった気持ちはなかなか戻らないですね。
機会があれば、ちょこちょこ明るく話すようには心がけてはいますけれど、以前と同じように楽しくとはいかないです。
まぁ、元のようになんて無理でしょう……たぶん(苦笑)

この間も、職場の同僚に「(元)上司の現在についてどう思うか」訊かれましたが、聞き流しました。
また迂闊な言葉を口にして、『報われ』たら大変ですから。

演じていただけなんです。明るさを。
私は明るくなんてないです。

この事実を受け入れてお酒を求めなくなったのは、この後に酒を中心に友人関係から家族関係まできれいに裏返ってからです。

こじれたのもあり……
ほどけたのもあり……
ととったのもあり……

先を続けたいところですが、今日はここまで。
次からは、もう少しこまめに更新予定です。

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