留年の思い出の地でバイトする


祖谷のかずら橋

インバウンドの増加で、リゾートバイトの募集が毎日沢山ネットに掲載されている。恐らく今年も大阪は灼熱だろう、それなら田舎の涼しいところでバイトだなと思っていたら、昨年の職場から「今年も来ませんか?」と連絡があった。自分のような還暦過ぎのポンコツでも声をかけてくれてありがたいけど、昨年のパフォーマンスが出せるかどうか。
40年前、瀬戸内海に面した海辺の街で寮生活をしながら高校生をしていた。勉強はそれなりにしていたつもりだが、興味のない授業も当然あったわけで、進級試験のたびに「留年」に怯えたものだ。
寮から歩いてすぐに海へ出られるので、夏場、放課後や休みの日はよく友達と海へ行った。金もないし他にすることもない。海は無料だ。
ある日、友達と泳いでいる時、目の前に大きなブイに気がついた。最初はそれにつかまってぷかぷか浮いていたんだが、面白くなってそのブイを引っ張って泳ぎ始めた。気がつけば、数個のブイをめちゃくちゃな位置に移動させ、ああ今日は楽しかったなと寮に帰った。
それが定置網の大切なブイだったとは全く知らず。
夜に寮で勉強していると、友達が血相変えて部屋に飛び込んできた。
「漁師がカンカンに怒ってる!俺ら、殺されるかも!」
話を聞きつけて数人の友達が心配しながら部屋に集まってきた。ことの重大さがどんどん襲ってきて全身から血の気がひくのがわかった。
「逃げよ」
ブイを一緒に引っ張った友達はそういうなり、荷物をまとめ始めた。別の友達は原付を二人分どこからか借りてくる手配をしてくれたり、他の友人も着替えを貸してくれたりと、逃亡の手助けが盛大に行われた。
行き先はなるべく遠い方がいいとか、昼間は見つかるから夜に行動とか、みんな好き勝手に恐怖を煽ってくる。
そのうち一人の友達が「平家が逃げた祖谷村とかどうや?源氏も追って来られんほどの山奥や」と。
源氏にも平家にも知り合いはもちろんいないが、逃げるなら街中より山奥かなと、それに祖谷村って発音が逃げて隠れるにはもってこいの音だなと思ってしまった。

原付で丸一日走って祖谷村に着いたことにはとっぷり日もくれ、今のようにスマホで宿を探すなんてこともできず、漆黒のかずら橋のたもとにバイクを止め、シートを広げて体を丸め、ひたすら追っ手がくることに怯えながら寝た。
近所にあった小さなパン屋でパンの耳を分けてもらい、数日それで飢えをしのぎ、ひたすら隠れたが、時間は残酷に過ぎてゆく。
源氏に、、、じゃなくて漁師には見つからずに済んだが、隠れている間に進級試験が終わってしまい、友達と二人見事に
                     留年した。

かずら橋は、アホだった高校生を覚えてくれているだろうか。

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