見出し画像

【読書記録】村田沙耶香「消滅世界」

婚姻関係と恋愛関係が完全に分離した世界。そんな世界に暮らす女性・雨音が主人公の物語である。

作中世界では、戦時中の若年男性人口の減少を受けて開発された技術により、生身の人間同士の交尾ではなく、人工授精による出産がマジョリティとなっている。

そんな中、両親の自由恋愛による交わりが出生のルーツである雨音は、変わった出自のために周囲の人間とのあいだに溝を感じることが多かった。

この世界での恋愛の対象は、人間はもちろん、各人の性的趣向に合ったキャラクターたちも含まれている。雨音はもっぱらキャラクターたちとの恋愛に夢中なタイプであり、常に持ち歩いているポーチの中には、彼女を形作ってきた四十人ものキャラクターの断片が収められていた。だが、雨音は愛情の対象である彼らを「キャラ」と呼び、消費するかのような周囲の人々の感覚には相容れないものを感じていた。

幼い頃の記憶を辿れば、家を出た父と過ごした日々のアルバムを捲る母の姿と、本人いわく「愛の色」である赤を中心とした悪趣味な内装の実家が思い浮かぶ。前時代的な恋愛結婚時代の価値観を刷り込もうとする母の呪縛を、雨音は身慄いしつつ払いのけようとする。

作中世界での夫婦の関係性は、現実世界での兄弟姉妹のそれに近く、夫婦間の交わりは近親相姦として忌避されているのだ。

やがて雨音も、子どもを育てるための協働関係に変化した夫婦としての生活を営みを始めることになる。夫以外の異性とのうたかたの恋愛関係を結び、恋人との関係がうまくいかないときは、家族である夫の存在に安心感を噛みしめる。そんな日々を送るうちに、妻としての自分の存在意義は、「子宮」にしかないなのではないかとう考えが雨音の脳裏をかすめるようになる。

III 部では、恋愛関係の破綻をきっかけに、雨音たち夫婦は、家族も恋愛も存在しない実験都市へ移住する。

なお古き良き恋愛結婚時代の価値観を押し付ける母との対話、移住後に明らかになっていく夫との家族観・恋愛観の違和感に、雨音は人間という存在のグロテスクさを感じていくが、その結末は…。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?