世間話

先月、フィットネスジムに入会した。
マシンがたくさん置かれているのはもちろん、
毎日開かれているヨガの教室などに自由に参加できて、
お風呂もついてるような大きめのところ。


ある日ギットギトの油そばを食べて、
「うまいな〜 毎日油そば食べたいな
 でも毎日油そばを食べたら太っちゃうだろうな
 油そば食べながらも太らないようにするには、運動するしかないのかな…」
と思い、そのまま家に帰ってすぐに、パソコンを開いてジムの入会を申し込んだ。

罪悪感に苛まれることなく油そばを食べたいー…。

そんな想いが、長年運動行為をサボり続けた私を突き動かしたのであった。


あと普通に、鏡餅のようになってしまっているお腹をどうにかしたかった。
お正月なら縁起いいけど、
春も夏も秋も冬もずっと体が鏡餅なのは良くなさそう。



ネットで入会手続きをした翌日、
本手続きをして会員証などを発行してもらうために早速ジムに向かった。

私はもともと、初対面の人と話すのがとても苦手である。

テレビ制作の仕事に就いて、
緊張する…どもったらどうしよう…と思いながらもなんとか打ち合わせしたり、
電話したりしているうちに以前よりは慣れたけど、

美容院のドアを開けるときに深呼吸が必要だったり、
人に電話をかける前は台本を書いたり、
無意識にセルフレジを選んだり、
家電量販店で店員さんに「何かお探しですか」と話しかけられたくなくて、
水族館の丸い水槽にいるアジみたいにすごいスピードでぐるぐる店内を歩き続けながら目当ての品を探したりと、
根本は変わっていない。

だからこういうジムとか、初めて行く場所の入会手続きなんかにも
「あぁ〜あぁ〜〜もう着いちゃう〜やだな〜」と思いながら向かうのである。


ジムの前に着いて、一回通り過ぎてみて、
なんで通り過ぎたんだと思いながら戻る。


自動ドアを通り、受付にいるお姉さんに向かって声を絞り出す。


「あの、ネットで入会申し込んだんですけど…」

ネットで申し込んだので、入会手続きに来ました。
と言い切れないのである。
私の、直したい癖のひとつで、
ですけど…とか、語尾を濁して、相手が対応してくれるのを待ってしまう。

「ありがとうございます! こちらにどうぞ!」

お姉さんは、私のことを不審がることなく(当たり前だ)
対面に座るよう誘導してくれた。


そしてお姉さんが入会に必要な書類を用意しながら、話しかけてくれる。


「外、暑いですよね!」


暑いですよね…

なんて返せばいいのかな…

共感するしかない、
でも共感するだけだと返しとして少ない気がする、
なんか自分なりの気持ちをのせよう、

「昨日涼しかったのに、今日また暑くなって、嫌ですねぇ…」

ああ…
人と話す機会をなるべく避けて来てしまったがために、
こういう、せっかく話しかけてくれる人に対しての返事を、
いちいち数秒迷ってしまって、
挙げ句の果てに、こんな、
誰もが分かってる状況をただ並べただけの、
AIみたいな返事をしてしまうんだ、
いやむしろAIの方が面白いだろう…

ほらあ…


でもこのお姉さんは、
ジムに来る人たちと日々たくさん会話を重ねているから、
多分私の返事についてなんとも思ってなくて、会話を続けてくれる。

「ね〜、溶けちゃいそうですよね」


溶けちゃいそう…か…

どうしよう

溶けちゃいそうと言ってくれている人に対して、
返すべき言葉が、分からない

いや分からないとかいちいち思う会話なのかこれは

普通に返せばいいんだ

溶けちゃいそう…
わかる そのぐらい暑い
でも…どうしたら…


「んぇ〜」



「んね〜、本当にそうですよね」というニュアンスと
「えぇ〜、溶けちゃいそうだなんて大変」
というよく分からないニュアンスが混じり合った
ヤギのような声が出た。

まずいと思って重ねる。


「ここは涼しいのでいいですね」

するとお姉さんは
「そうなんですよ〜、ジムって涼しいからいいんですよ〜」

と返してくれて、
それでなんと私は、
会話が成功した(^^)!! と思ったのだ。

思い上がるな。

こんなことで。


書類を記入していると、
ジムの主な使用時間などについて聞かれた。

「24時間使えるコースでお申し込みされていますが、結構夜中とか使用しますか?」
「そうですね…その予定です!」
「お仕事が不規則な感じですか?」
「そうなんです…」
「何系のお仕事なんですか?」
「番組の制作会社で…へへぇ」

分かっている、
ジムの利用客としての基本情報を聞こうとしてくれているのは。

でもこういうときいつも
「興味ないだろうに聞いてくれて、申し訳ないな…」
と、思うので、
返事を必要最低限の短さにしてしまって、
それで結果なにも盛り上がらないで、一番よくない状態で会話が終わっていくのである。



私にとってその最たるものが美容師さんとの会話で、
ほぼ100%以下の流れで終わる。

「結構ガッツリ染めるんですね。お仕事、髪色自由なんですか?」
「そうなんです!」

「何系のお仕事なんですか?」
「テレビ制作系で…」

「え!大変ですよね。寝られないんじゃないですか?」
「いやそれが全然、昔と変わって、寝られるんですよ」

「へ〜!意外です」
「でも美容師さんの方が休みなさそうですよね」
(↑ここで私は、これ以上自分のことを聞いてもらうのが申し訳ないから、
 美容師さんに質問していった方がいいのではないかと思って、これを聞いてしまうのです)

「そうですね〜、祝日とか関係なくて、休めないんです」
「そうですよね…」
(私が今日予約しなければ休めたとかあったのかな!?)
(分かんないけどそんなこと聞けないし、髪切ってくれてありがたいなぁ)
(↑これは心の声なので、すでに会話は終わって私はスマホを見ている)


仕事で会話しようとしてくれているのは分かっているのだから
嘘でもラリーを続けられる切り札を用意しておくのが大人なのかな

「興味ないけど聞いてみたら新しい情報が出てきた」のと
「興味ないのに聞いてみたけどやっぱりなんも出てこなかった」のなら
前者の方がいいに決まっている。


そもそも私は人に
「仕事何してるんですか?」
「休みありますか?」「休みの日何するんですか?」
などの質問をするとき、「興味ねぇ〜」なんて思ったことがない。

「なんか自分との共通点があったらいいな〜」とか
「知らない情報を教えてくれたら嬉しいな〜」と思う。

思うのになぜ誰かが自分に何かを聞いてくれたとき、
「興味ないのにすみません」としか思えないのだろう?
つまらない返事しかできないんだろう?

自信がないから?
自分に何もないから?

いやなんでジムの受付でこんなこと考えてるんだ?

早く運動したい!

運動して
ムキムキになって
自分に自信を持てば全て解決する気がする…


ある程度書類を記入したところで、
お姉さんが「目標はありますか?」と聞いてきた。


目標?

「油そばを毎日食べても太らない体を作ることです。」
そう言えたらよかったのか分からないけど、
咄嗟に「5kg痩せたいです」と答えたら、
「いい目標です!」と言ってくれた。


本当に? いい目標? ちょうどいいの? 5kgって。
みんなここでなんて答えるの?
5kgって難しい? 目標として高すぎる?
本当にいい目標?

ガーっと「本当かよ!」みたいな感情が駆け巡った。

あぁ、でも、本来こんなこといちいち思わずに
「いい目標と言ってもらえて嬉しい」で終わればいいものを
こんなに疑ってしまうのは…

全部うわべだと思ってるからか?


自分に自信がないからとか
空っぽだからとかっていうより、
ここで心を開いて喋っても
今後に意味がないと思ってるんだろうな私が

踏み込んだことを言ってみても
別にこの人が私とめっちゃ仲良くなってくれるわけでもないだろうし

すごい変な人と思われないまま
この場が終わればそれでいいと思ってるのかな?


いやなんでジムの受付でこんなこと考えてるんだ?



その後、入会手続きは終わり、
そのまま運動していくことにした。

聞けばいいのに、詳しいジムの使い方を聞くこともなく、
迷い迷いロッカールームで着替え、
ランニングマシンで走って、
使い方のあまり分からないマシンも
分かるフリをして探り探り筋トレをした。


するとやたらジムのスタッフさんがこっちを見ていて、
なにか間違ってるのかな…と思いつつ
イヤホンをして、なんとなく視線を気にしながら過ごしていたら

ランニングマシンに乗ったところでスタッフさんが話しかけてきた。

ヒィ! なんか間違ってたんだ! ごめんなさい!! と思ったら、

「今日入会した方ですよね! お困りのことはないですか?」

と笑顔で聞いてくれて
あぁ……それを聞いてくれるためにずっとこちらの様子を見てくれていただなんて……すみません……と、
また心の底から申し訳なく、そして恥ずかしく思った。



そして、困っていることはなかった。

困っていることはなかったけど、
せっかくだからなにか聞いてみた方がいいのかと思い、

「この…ランニングマシンについてるテレビ、ケーブルついてますけど、スマホに繋げて、スマホの画面を映せたりするんですか?」

と聞いた。
映せるならYoutubeとか見やすくていいなぁと気になっていた。


するとスタッフさんは
「映っちゃいますね」と言った。

映っちゃいますね?

あれ? 映るならいいのになと思ってたんだけど、
それが伝わってないのか! と思い、

「あ! 映るんですね!!」
とちょっと明るい表情で言ってみたが

「そうなんですよ、通知とかも全部映っちゃうので、皆さん、スマホをここに置いて、スマホを直接見ながら走ってます」

と返ってきたので、
私は「ありがとうございます」と言ってスマホを見ながら走った。


「スマホ画面を映したいので映し方を教えてほしいです」となぜ言えない?
聞けばきっと優しく教えてくれるのに。

言えたらVIVANTを大画面で見れていたのに。

走りながら、小さな小さな乃木を見つめ続けた。


で、スマホを見て走っていると肩が凝ってきたので、
テレビをつけてみた。

ヒルナンデスで豚キムチの作り方特集をやっていて、
「キムチは汁ごと使った方がいい」
「キムチはしっかり汁を切った方がいい」
などの2択をみんなが選んで、正解の豚キムチを導き出していた。

豚キムチなんて豚肉にキムチをぶち込めばいいと思っていたので、
興味深く見ていたら、突然チャンネルがNHKに変わった。

え!? と思い、リモコンで4chに戻す。
すると今度はフジテレビに変わる。
キムチの汁をどうしたらいいのか知りたいので必死に4chに戻すも
どんどんチャンネルが変わる。

なんだ!? と思ったが、分かった。
ランニングマシンの後ろにフィットネスバイクがずらっと並んでおり、
そのうちの誰かが自分の見ているテレビのチャンネルを変えると、
リモコンの電波が貫通してランニングマシンのテレビのチャンネルも変わってしまうのだ。


困った…!!

もちろん私はスタッフさんに
「ヒルナンデスで豚キムチの作り方を見ているのにチャンネルが勝手に変わる」
などと言う勇気は持っていないので

リモコンを持ち、4chのボタンを連打しながら走り続けた。


なにしてるんだこれは。

結局豚キムチの作り方は頭に入ってこず
人差し指が少し疲れただけだった。




しかし久々に運動して汗を流すと気持ちがいい。
2時間ほど走って、筋トレしてから、
ジムについているお風呂に入ってみると、最高だった。

お風呂ではスマホをいじらないので
色々なことを思い出したり、考えたりする。


この前スマホが壊れたとき
ソフトバンクで対応してくれた山田(仮)さん

名札を見せて
「本日担当します、山田です」
と自己紹介してくれたとき
山田の後ろ部分を手で覆って隠していたから、
ああ、セキュリティの問題とかで
下の名前は教えないようにしてるんだな

と思っていたら
あとで名札が見えて
「山田田」
になっていた。

刷り直してもらえないのかな



ビニール傘を盗む人に、
雨に濡れたくないという丁寧な感情を持たないでほしいよな


砂肝ってなんなんだろうな

コンビニのサンドウィッチ開いて具が少ないっていう写真たまに見るけど
なんで齧る前にサンドウィッチ開くのかな



私が信号を待ってるのに
「何律儀に待ってんの?」みたいな顔して無視して渡っていく人見ると
命と引き換えにしてまで急いで行きたい場所なんかないだろって思うよな


レジ袋が無料だった時のことさもう忘れちゃったな
こうやっていろんなこと忘れてくのかな




人に話したいことはたくさんあるな
でもこんなこと話されたって困るだろうな

私はいろんな人とのいろんなラリーを逃して一人で生きていくんだろうな


……

………


ジャグジーの泡が膨らんでは消えるのを眺め始めた頃にはっとして意識を取り戻す。



外に出ると、夏の風はこんなにも気持ちいいのかと
今年初めて気がつくほどに体が軽く、清々しかった。


まだ明るい空を見て、
残された今日への楽しみが胸に広がったけど、
その楽しみの中身は、
友達に会うとか、
新しい店を開拓するとかではなく、


クーラーの効いた部屋でマイクラをやって
お腹が空いたら食べたいものを買って
誰とも喋ることなく酒を飲み始める
そんな今日への期待である。


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