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対話 Kさん 自分を生かす原動力


昨日はKさんが久しぶりに訪ねてきてくれた。宮古島に奥さんと行くので、いろいろ教えてほしいとのことだったので、パンフレットなどなどたんまりと渡した、笑。文化的、歴史的なことにも非常に興味があるKさんなのです。

ご実家が築地にあって、代をつぐために、去年の末に今までの仕事をやめたところだそうだ。ご実家は割烹で、調理師の勉強をずっとされていた。包丁一本でご飯を食べられるって、強い。

いつもの常連さんが帰って、二人で小一時間話したのだけど、話が尽きなかった。

経済の形が目に見えるくらい変わってきたことに対する実感について、とか。私たちは、立場も性別も違うけど、目指す方向は似ているんじゃないかと思う。自分の仕事がしたい、ということだ。

自分の仕事がしたい。

こう書くと、不遜に聴こえるかもしれない。仕事は生きる糧で、お金を得るための道具としか考えない人もいるからだ。人によっては、時間を切り売りしているという側面もあるし。

特に今の若い人は大変だなぁと思う。自己実現としての仕事と考えると、頭を抱えてしまうだろう。でも、それは、少しちがう見方をすれば、働く時間とこれから働くための自分への投資の時間をもてるってことでもある。

自分の仕事がしたいとはいえ、自分しかできない仕事っていうのもないだろうな、と私はふんでいる。

私は、その時、必要とされたこと、自分が必要と思うことをしたい。

例えば、私は今、母親なので、私が思う母親の形を子どもたちに見せることが私の一番の仕事だと思う。言ってきかせることではなく、見せること。言ったりもするけど、私自身が行動しなかればただの言葉で終わってしまう。

Kさんの話に戻そう。

第一子が秋に産まれるご予定だそうだ。昔、知り合った時は、築地から美味しい食材を持ってくる素敵な独身男性のイメージしかなかったのだけど、笑。今回も会ったら、結婚もされて、仕事も変えて、次の人生の準備していた。とても地頭のいい人だと思う。

フェイスブックで、偶然にも宮古関係の知り合いがいて、あぁ、なるほど、こういうセグメント?のひとなんだろうなぁと納得した。一言でいいうと、文武両道かな。バランスがいい。

「市場って、働いている人達自身が案外、価値に気づいていないんですよ」と彼は言った。

市場の価値って、すごい、と私は昔から思っている。偶然なのだけど、私のまわりは市場出身のひとが多い。

旦那もそうなのだけど、親友と呼べる友達も市場出身。どちらも若い時はいっしょに仕事をしていた。彼らの地頭の良さと手を動かすことを厭わないところは感動した。働き方の多くを学んだ。あきらめないし、淡々とやる。あんまり弱音も吐かない。弱音を吐く時間があったら、仕事をする。

義理の父は、とても良い仕事人だった。私は、その義理の父親が大好きで結婚を決めた気がする。とても可愛がってくれた。加えて、私のファザコンを満たしてくれる素敵な人でした。

私の実父もよく働く人だった、外でも内でも。市場にも近いところにいて、仕事の早い人だった、早く死んだのだけが悲しかったけど、風変わりな母親を見ていると、この人と結婚できたことすらもすごいと思う。母が変わらず風変わりのまま、まだ生きているところを見ると、父の影響はまだ大きい。

義理の父も実父も、今は亡くなってしまったので、娘たちに話してやる機会もないのが残念。義理の父は、家庭人としてはあまり優秀ではなかったかもしれないけれど、時代もあるし、義理の母との相性というのもあるので、一概になんともいえないが、とても良い仕事人だったと思う。

ま、私のことはさておき。彼らは、仕事と思わないとスイッチは入らないようなので、このスイッチを入れるのが難しい。仕事における問題解決能力は異常に高い。

で、Kさんだ。彼も多分同じようなことを感じているのではないかな、と思う。でも、彼のすごいところは、家庭人としても考えているというところだ。

人生80年。私たちは折り返しを過ぎたところだから。

死ぬまで仕事がしたいね、と笑いあった。

まだ、どうなるかはわからない。けれども命が尽きるその日まで、なにか仕事はしていたい。そう言っていた。

そう思って生きていたら、きっと人生は短い。Kさんも私も前のめりだと思う。暑苦しいかもしれないほど。

私は、そういう事も含め、娘たちには私のこのストラグルな毎日を見せたいし、一緒に生きていきたいと思う。本人たちが望むかどうかは別にして。彼もきっと同じように感じているのだと思う。産まれてくるお子さんのために。

娘たちの進路や学校にはあまり興味がないというと、みんなから驚かれるが、子どもがどう生きていきたいかは、私が決めることではないな、と最近よく思うのだ。親に決められたことで失敗したとき、全部親のせいにしがちだから。人生に後悔がつきまとう。親のせいにしている大人なんて吐いて捨てるほどいる。(実際、親が悪いこともあるとは思うけど)

幸せって、自分の決断を引き受けて、生きていくことではないか、と思う。人生紆余曲折だらけなのだ。安定なんて幻想だと思う。社会的に安定していても心のなかがいつも不安定な人も多い。不安定もそれなりに楽しいけれど、長く続くと心が弱ってしまう。

娘たちに、私が思うレールの上を歩ませるより、失敗を糧にできるかどうかのほうが、彼女たちが自分の人生を生きていく力になると思う。彼女たちにとっての自分の幸せをずっと考えて、行動していってほしい。

私の考えるレールなんて、時代にキャッチアップしているとも思えない。私は彼女たちに大人としての情報を与えるだけで、選びとるのは彼女たち自身でしかない。私の住む地域は裕福なので、与えられることの方が感覚として慣れ親しみやすい。どちらかと言えば、与える方でいてほしい。ものやお金じゃなくて、真心とか生活の知恵とか、そういうもの。

必要なお金がなかったら、その分だけ働けばいいし、生活のレベルを落とせばいい。あれがなきゃ嫌、これがなきゃ嫌と言い出したらきりがない。今の時代、消費者根性を丸出しにして生きてもいける。対価ばかり考えることもできる。私はそれは行き過ぎるとカッコ悪いなぁと思う。

これはもう美意識の問題なので、すごく個人的すぎることかもしれないけれど。子どもたちは私にとって究極の個人ごとだから、熱くなってしまう。

娘たちの可能性というか、もともと持っている生きている力を信じたい。ダメそうなときは必ず絶対支えるから、安心して、好きなように生きてほしい。勉強はできたほうがいいけれど、学ぶ気持ちの方を大事にしてあげたい。生きたい、産みたい、育てたい、という、生物本来の生き方をまっとうしてもらいたい。

そして、人はずっと学ぶことができる。何歳になっても自分を生きることができる。そう思ってほしい。自分の生き方がちがうと思ったら、方向転換する強さ、辛抱する強さを持っている方が、長い人生では使える智慧だと思う。

読んでいると、話がズレまくっているように思われるかもしれないけれど、昨夜はずっとこんな感じの話をしたりした。

Kさんが帰ってから、あぁ、Kさん、かっこいいな、ピカピカしてるな、と思った。安定を捨てたことがカッコいいんじゃなくて、彼の前向きなパートナーとのあり方や、仕事観や、親への尊敬が、今を生きていて、キラキラしていたなーと思ったのだ。ものすごく等身大で、言葉に虚飾がなくて、ストレートだった。話していて楽しかった。新しい元気な男の人だな、と思った。

「人は一人で生きているのではないから。でも、産まれてくる時も死ぬ時も一人だったりするけどね」

というようなことを話した。私の巣みたいな場所で、無防備に、笑。それって、強いってことなのかもしれない。他人の場所で、弱音にとられるかもしれないことを堂々と自分の意見として言えるから。

この「あわい」を時代に合わせて、どうやって生きていくのか、働いていくのか、誰とともにいるのか、どこに住むのか、決断の連続だと思う。かつてこんな時代が一般庶民にあったのかな。

人間関係に流されたとしてもいいし、自分の生き方を突っ張ってみてもいい。私たちはそんな時代に生きているんだなぁ、と思った。

Kさんのことを書いたけど、Kさんだけじゃなくて、その前にいたOさんやNさんとの話も加味している。特に人生の先輩から学ぶことは多い。ユーモアを忘れずに心がいつも青年のような先輩がたに会うと、心が豊かになる。

豊かさの価値を考えるとき、私は人間関係に依存しているところが大きい。

人は凹ましてもくれるが、引き上げてくれるのも、支えてくれるのも人。

私にとって、人に会うことは、書く力に向かう。素敵な人に会ったよ、いろんなことを考えたよ、楽しかったよ、と伝えたい。

それこそが私を生かしているのではないかな、と思う。自分を生かす原動力を見つけることが一生の仕事かもしれない。彼ははっきりと持っていた。彼の生き方とのコントラストが鮮やかで、今日は目覚めまで良かった、です。はい。

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