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心象スケッチ20200121

「多元追憶ストライクエンゼル」という作品は監督佐橋龍にとって何なのか。
何故「宇宙超戦艦ヒリュウ」という実写特撮映画は10年の歳月を経て「多元追憶ストライクエンゼル」として日の目を見ることになったのか。

もし中学三年生の私が「宇宙超戦艦ヒリュウ」の出来に満足していたのなら、ヒリュウは「宇宙超戦艦ヒリュウ」から「多元追憶ストライクエンゼル」にはならなかっただろう。両作は同じ“ヒリュウ”という宇宙戦艦を舞台としながら、全く異なる作品となった。それは私にとって、中学から高校、大学と進むにつれて、20分の実写映画を全26話分にまで世界観を広げられるだけの蓄積、経験、“リアル”、それらから来る「テーマ」が生まれたからだろう。「宇宙超戦艦ヒリュウ」にはもしかしたら模倣と寄せ集めだけの中学生たちによる学芸会であり、世界観を支えられるだけの核が無かったのかもしれない。どこかで聞いたような台詞を恥ずかしげもなく叫ぶドラマに“リアル”は存在していなかった。所詮上等で金のかかったお遊びに過ぎなかったのだろう。
「テーマ」という意味では、私が「宇宙超戦艦ヒリュウ」の前年に作ったヒーロー特撮「サイレント仮面」の方がテーマ性、(自分でこの言葉を使うのは恥ずかしいけれど)作家性はあったと思う。
「サイレント仮面」は、ある少年が謎のカバンと共に突如「音のない世界」へ送られてしまう。その世界はおそらくディストピア社会であり、人が権力によって弾圧されていた。主人公の少年は自分が「音のない世界」へ飛ばされてしまったことに困惑しつつ、彼を導く「声」に導かれて、ディストピア社会の手先と戦うため、カバンから変身ベルトを取り出し、サイレント仮面へと変身する。次々と送り込まれてくる刺客達と戦い続ける少年だったが、権力者達は少年の抹殺と共に「音のない世界」を一気に征服する最終計画を発動する。最終計画阻止のために戦う少年、しかし彼の前に現れた最強の敵はサイレント仮面を圧倒し最終計画を発動する。「音のない世界」に響き渡る“歓喜の歌”、世界は滅びに包まれていく。壊れゆく世界で少年は彼を導く「声」と対話し、そして自問自答を繰り返す。「何故他人の世界を自分が命懸けで守らなければならないのか?」「何故殺されるかもしれない戦いを強要されなければならないのか?」「何故逃げ出してはいけないのか?」少年は繰り返す。そして対話の中で少年はひとつの結論にたどり着く。「自分の居場所」という結論に。確かに他人の世界かもしれない、自分がその世界で生きるにはその世界の人達を守らなきゃいけない、それでも自分が戦うことで、大切な人たちに受け入れてもらえるなら、「居場所」を得られるなら、それは自分にとって大切なものかもしれない、と。

大切なもの数えたら
自分の幸せに気付くよ

そして少年は再び立ち上がり、サイレント仮面はついに強大な敵を撃ち破る。“歓喜の歌”は止み、少年の周りには敵の残骸の山が広がっていた。

サイレント仮面はほとんど脚本なしの即興で作られ、「音のない世界」という設定を逆手にとって撮影素材を字幕で意味付けするという手法でストーリーが進行していった。私の人生で一番編集の勘が冴えていた時期かもしれない。思い返せば、編集しながら台詞を作り、必要になったら新しく素材を撮影して付け足すということもしていた。そこで導かれた結論が「大切なもの=居場所」という少年の思考だった。当初それは少しベタな結論であり、ヒーロー復活にはあまりにミニマムな動機だと思っていた。しかしこの「大切なもの=居場所」というテーマこそ、次に作品「宇宙超戦艦ヒリュウ」のテーマにすべき問題だったのだ。

話は私の「サイレント仮面」制作当時の話へ移る。私は中学1年の時、勉強も運動も苦手な上、喧嘩っ早い今では考えられない程対外的に荒れた学生だった。おそらく現在推測するに、小学校時代イジメを受けていた事の反動、自衛の手段が、ちょっかいを出す奴と片っ端から喧嘩するという事だったのだろう。そんな私の母校であり、マクロスシリーズの監督河森正治氏の母校でもある慶應義塾普通部は、成績や素行の悪い生徒を中学でありながら留年させる極めて特殊なシステムを設けていた。成績も(教師達から見れば)素行も悪かった問題児佐橋は中1から中2へはなんとか進級できたものの、その先には行けず、中学2年生を二回経験するという特殊な人生を負うことになった。留年宣告を受けた学生とその両親には「留年」か「退学、転校」の選択が迫られる。実際中学2年に上がる際、私の友人も留年宣告を受けて一人学校を去って行った。しかし私は本能的に「留年」の道を選び親に頭を下げた。何故だかはわからない、自分の学力にも合わないハイレベルな学校で「留年生」の汚名を背負いながら生きていくことが中学2年生にとってどれだけしんどいことか、想像できていない訳ではなかった。それからの日々は週4の家庭教師にアニメ特撮等娯楽の禁止、そして想像通りの「留年生イジメ」に、年上として反撃できない日々が待っていた。ただ出来の悪い学生だったがあまり先生方はよく面倒を見てくださり助けてくださった。学年は違えど少なからずそれまでの友人もいたし、次第に二度目の中学2年からの友人も出来てきた。その頃の友人が「Section2」の設立メンバーとなり、今でも一緒に作品を作りを行う仲間になったのだ。自分に不相応な学力を要求され、中学2年の幼い心には重すぎる重圧と精神の強さを要求されても、「それでも」と普通部という恩学校にしがみついたのは、おそらくそこが当時の私にとって唯一の「居場所」だったからなのだろう。「サイレント仮面」で「居場所」を得るための義務と責任をこの時無意識に描いていた背景はこう言った事情からなのかもしれない。
去年当時の中学の恩師と久々に会って語らった際「佐橋は偉いよ、ちゃんとしがみついてウチを卒業していってさぁ」と言われた。その時僕は恩師に「多分、留年宣告受けて辞めるってなったら、先生を始めせっかく面倒見てくださった先生方や、せっかく友達になってくれた同期の連中にサヨナラも言えず、この校舎にもおそらく二度と足を踏み入れられなくなるでしょ。それが一番嫌だったんだと思う」と、初めて言葉にしてこなかった感情を吐露した。すると恩師は「それは間違いなく正しい選択だったと思うよ。どんなに苦労しても“縁”を優先した佐橋は正しい」と言ってくださった。
僕のマインドは結局「人と人」、“縁”によって繋がった関係、そしてその関係を支える「居場所」を大切にするということらしい。だから「宇宙戦艦ヤマト2202愛の戦士たち」で“縁”という言葉が出てきた時、2202という作品に感情移入出来たのだと思う。

「多元追憶ストライクエンゼル」はそんな私が、宇宙万能戦艦ストライクエンゼル“ヒリュウ”という「居場所」を舞台に描く私自身の「リアル」なのだと思う。場所は宇宙で、戦争の中、しかしヒリュウの乗組員は四六時中戦闘をしているわけではない。先の大戦で大人の男性が減少し、少年少女と大人の女性が多く乗り組んだヒリュウなら尚更彼等彼女等の精神にはそれ相応のプレッシャーがのしかかるだろう。主人公桐生リョウジもその一人だ。そして物語を彼を中心にフォーカスし、戦争の中で描かれる少年少女達の「居場所」をめぐるヒューマンドラマだ。そしてその「居場所」の中でめぐる“縁”の結びつきには微かに“愛”と言えるものが芽生えているのかもしれない。

そう、「多元追憶ストライクエンゼル」とは、
ヒリュウという「居場所」で発生した人間関係に芽生える小さな“愛”の物語なのだ。

そして佐橋にとって今は「多元追憶ストライクエンゼル」という作品こそがその「居場所」なのかもしれない。

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