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240713_現実世界がそもそもデジタルなのか?

現実世界の中、特に社会の中を生きていると【そもそも現実世界って何なの?】と思うことが少なくなるように思います。
それよりも如何にして自分に都合の良い取引先を得るか、如何に安定したお金が自分にもたらされるか?ということばかりを考えていて。このように考える人間が集合化して組織として今度は如何にして自分に都合の良い取引先を得るか、如何に安定したお金が自分にもたらされるか?ということばかりを考えていますよね。
このような考えに支配されているうちは【そもそも現実世界って何なの?】と思うことがなくなり。

金魚鉢で飼われている金魚がそもそも金魚鉢って何?って考えないと同じで。金魚にとっての金魚鉢は人間で言うなら現実世界という枠で。

現実世界には重力とか色々な法則があるじゃないですか?
法則なんで誰にでも例外なく働くハタラキとなるわけですが、その法則がそもそもデジタルではないか?と思うところがあるのです。
現実世界は様々な法則が適用されていて、言い換えると様々なデジタルプログラムが物質として表現されている世界と言っていいのだと思います。

そのデジタル世界の中に出現した人間も当然、デジタルな生命体なのではないか?と思います。無数のデジタルプログラムを組み合わせるとアナログちっくに見えるという感じ。

【アイツは氣に入らない】
【あの取引先と関わるのは嫌だ】

こういう反応もデジタルプログラムに沿って行われているハズです。
現実世界の中での人間関係に没頭している人は非常に多いかと思いますが終始、他人が見せた行動に対してただリアクションしているだけ。しかもそのリアクションの種類がだいたい同じで、ということはほとんど同じデジタルプログラムが日常、自分の口などからアウトプットされているだけで。

【あれ?また自分・・・似たようなリアクションしてるな・・・】
と氣が付いたらいいほうですよね。

そういう人は次なる新たなプログラムを適用できる可能性がありますから。

現実世界がプログラムのようなデジタルの世界であったら、当然、その中に出現する人間一人一人の終生と言いますから、生→死の間にある道ノリと言いますか、方向性はプログラムされていることになります。

別にそういうことが判明したからと言って、自分の人生がガラリと変わるとかはありませんが、少なくとも日々の人間関係で行き当たりバッタリでただ同じような反応を機械のように繰り返すということは少なくなってくるかと思います。

ヒビキアマカム


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