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ハマスの息子

 発刊されたばかりのモサブ・ハッサン・ユーセフ著の「ハマスVSイスラエル」(ヒカルランド社刊)を読んだ。著者は原題の「Son of Hamas」にあるように、パレスチナのイスラム原理主義テロ組織ハマスの元幹部で、イスラエルの国内治安機関「イスラエル総保安庁」(シンベト)のスパイとして活動、2007年にアメリカに亡命した現在47歳の男性。
 「テロ集団ハマスを根絶し、ガザをガザの人々に返さなければ、もっと大きな戦争をもたらすだろう。」パレスチナ・ガザ地区を実効支配するハマスがイスラエルへ越境テロを実行して間もない昨年11月21日、ユーセフが国連で行った演説は世界的注目を集めた。彼は普通の(?)スパイではない。ハマス創設者の一人で、現在もイスラエル刑務所で服役中の敬虔なイスラム教信者を父に持つ、いわば筋金入りの元ハマス要員だ。自身も何回か刑務所入りしている。それだけにこの演説は説得力に満ちたものだった。
 「何が彼らを争いに搔き立てるのか?!」の副題のもとに書かれたこの本でユーセフは、その生い立ちや父との親密な関係、ハマスの実態、シンベトとの接点などを時系列的に細かく記し、読者を飽きさせない。スリリングであり、一編のドキュメンタリー小説を読んでいるようだ。中東パレスチナ問題に関心を持つ者や日本のメディアのパレスチナ寄りの偏向報道に不満な者には必読書である。
 ユーセフが生まれた(1978年)場所は、当時イスラエル占領下にあったヨルダン川西岸地区のラマッラ。アラファト率いるPLO傘下の抵抗組織ファタハ(イスラエルはテロ組織と認定していた)がイスラエル人37人を殺害する事件が発生した年だった。これが後の第一次インティファーダ(1987―93年)につながる。ハマスが創設されたのは86年で、父ハッサン・ユーセフが数人の創始者の一人となった。子供だったユーセフは運動には直接関わることがなかったが、ハッサン・ユーセフの息子として周囲から信頼を集めていた。
 ユーセフがハマスに深く関わりあい、初めてイスラエル当局に逮捕されたのは96年、18歳のときで、西エルサレムの拘置所に送られ、3か月後にはイスラエル北部のメギドにある数千人を収容する本格的刑務所に1年3か月収監。この時の経験、とくにハマスやイスラム聖戦機構所属の囚人仲間から受けた数々の暴力が生々しく描かれており、これがハマスを表向きには支持しながら、内面では裏切り、シンベトの協力者になる転機になった。シンベトの要員が接触してきたのは西エルサレムの拘置所だった。
 ユーセフはアメリカに渡る前、密かに洗礼を受け、キリスト教に改宗。棄教、改宗を絶対に認めないイスラム教に別れを告げた。副題の「何が争いを掻き立てているのか」には具体的な答えを出していないが、「あとがき」に書かれている次の言葉が回答の一端を示していると思う。
 「私たち自身の内側に存在する敵を見ずに、外に敵を探してばかりいる限り、常に中東問題はなくならないだろう。宗教はそれを解決しない。イエス抜きの宗教は独りよがりでしかない。弾圧からの解放も問題解決にはならない。」
 ハマスが自身を顧みず、イスラエル(敵)の殲滅を求める限り、パレスチナに平和は来ない、というメッセージだろう。

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