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ある日ある時

 石垣りんさんの詩集『やさしい言葉』(第4詩集です)を読み返しています。石垣さんは、この詩集の中で黒田三郎さんの追悼詩を書かれている。「兵士の時代」という作品ですね。黒田さんの享年は60歳。あらためて、早いなと思いました。

 久しぶりに黒田作品を読みたくなり、本棚から全詩集を引っ張り出しました。H氏賞を取られた『ひとりの女に』や『小さなユリと』といった詩集が知られていますが、私は、その後に出た『ある日ある時』という詩集に収められた諸作品が好きです。

「夕暮れ」という作品があります。

  夕暮れの町で
  僕は見る
  自分の場所からはみ出してしまった
  多くのひとびとを

  夕暮れのビアホールで
  彼はひとり
  一杯のジョッキを前に
  斜めに坐る

  彼の目が
  この世の誰とも交わらないところに
  彼は自分の場所をえらぶ
  そうやってたかだか三十分か一時間

  夕暮れのパチンコ屋で
  彼はひとり
  流行歌と騒音のなかで
  半身になって立つ

  彼の目が
  鉄のタマだけ見ておればよい
  ひとつの場所を彼はえらぶ
  そうやってたかだか三十分か一時間

  人生の夕暮れが
  その日の夕暮れと
  かさなる
  ほんのひととき

  自分の場所からはみ出してしまった
  ひとびとが
  そこでようやく
  仮の場所を見つけ出す

 今、読み返してみると、しみじみ、いいなあ、と思ってしまいます。そういえば、敬愛する小津安二郎監督も60歳で他界されていらっしゃる。お二人の享年を、私はもう追い越してしまいました。『晩秋』『麦秋』『秋日和』という映画が大好きだった。そうだ、小津さんのシナリオ集が本棚にあったな。再び、本棚に向かいます。

 私の読書は、いつもこんなふうに連鎖していきます。(笑)

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