フォロワーで勝手にファンタジーSS②

 前回

――――――

「伏兵だ!」
 誰かのそんな声を聞き、指をさしていた方角を見上げると、遠くの丘の方に弓兵隊が矢を番えて待ち伏せしていた。彼らはこちらに一斉に矢を放った。
 まずい――!
 このままだと矢の雨に打たれ、わたしたちの隊は壊滅する。
 みな一様に、駆けていた馬の速度を上げる。この平原をいち早く駆け抜けるつもりだろう。わたしも同じようにした。でも、間に合うかはわからない。
 風を切る矢の音が近づいてくる。わたしは手綱を強く握る。
 目の前を走っていた兵士に矢が当たり、そのまま落馬した。どくん、と心臓が跳びはねる。血の気が引くのがわかった。
 馬の制御に集中しなければならないため、矢を目で追うことはできないが、音でわかる。まずい、このままだとわたしにも直撃する――

「あっ」

 落ちていた石を変に踏んだのか、馬が一瞬バランスを崩した。その衝撃でわたしの身体も傾く。その瞬間、紙一重で頭上を切っていく矢があった。
 その後、わたしは無事に駆け抜けることができた。一見したところ、おそらく半分くらいは矢に打たれていた。壊滅とまではいかなかったが、大きな痛手だった。
 後ろを振り返り、その惨状を目にする。心臓の音が鳴り止まない。無事駆け抜けられた安堵もすぐには消え失せ、冷や汗が止まらなかった。
 あの時、馬がつまづいていなかったら危なかった――
 幸か不幸か、こういう時のわたしは、運が良いのである。 

 * * *

 運が良かったわたしのきっと唯一の不幸は、騎士一家に生まれたことだろう。わたしは戦いが嫌で嫌で仕方がなかった。
 初めに手にした武器は、弓だった。
 前線には出たくなかったから、一歩引いた位置からサポートしたかった。
 でもお父さまは、しっかりと的に当てるようにとわたしにたくさん練習させた。
 矢なんて当たらなくても良いのに。当たらなければ、誰も殺さなくて済む――敵に当てる気が無いのに昼夜、弓の練習をさせられるのはとても苦痛だった。
 そしていざ戦場に出てみて、わたしは自分の考えの甘さに気が付いた。わたしが矢を外せば、前で戦っている味方が代わりに傷つく。最悪、命を落とすかもしれない。後方支援とは、そういうものだった――

 それからは、剣に持ち替えた。身を護るだけの扱いで済むからだ。今度は前線に配備された。後ろでは優秀な兄さまたちが一緒に自分をサポートしてくれる。弓よりは気楽な戦場だった。
 でもやっぱり攻撃はする気にはなれなくて、いざ敵と対面すると、防戦一方になってしまう。兄さまやほかの味方がその隙に倒してくれているからこそ、なんとかなっているものの――それでも自分の代わりに傷ついているのを見ると、このままでいいのかなという気持ちが胸に充ちていく。

 ある日、友達だった子がわたしの目の前で命を落とした。その光景ははっきりと覚えていて、いまでもたまに夢に見る。
 ある日、兄さまのひとりがわたしを庇って命を落とした。お前が無事ならそれでいい、血を流しながらそう言い、笑っていた。
 戦場で散っていった命は、誰よりも目の前の戦いに集中し、誰よりも生きたいと願っていたことだろう――戦いが嫌で傷つけることもできないわたしとは違って。
 どうしてわたしが生きているのだろう?
 死ぬべきはわたしなのではないか? 戦いで何もできないわたしには、誰かを庇って命を落とせるくらいしか、無いのでは?

――本当に?
――本当に、それでいい?

 死にたくないから、殺したくないから――命っていうのはとても重たいから、わたしはそれを奪い合う戦いが嫌いだった。
 そのわたしが、今は死のうとしている……?
 死にたくない、と苦痛に顔を歪める友の顔が浮かぶ。
 お前が無事なら、と笑っていた兄さまの顔が浮かぶ。
 無事に帝都に生還出来た時の仲間の顔が浮かぶ。
 わたしを厳しく指導していたお父さまの顔が浮かぶ。
 味方に倒され屍と化した敵の、虚無の表情が浮かぶ。

――違う。わたしがやるべきことは、死ぬことじゃない。
 死んでいった仲間の分まで、戦場で命を散らす敵の分まで、失われた命を無駄にしないために――ここまで来たら、みんなの分まで生き残ってやる。
 殺せないなら、せめて生き抜こう。
 もうわたしだけの命じゃない。いろんな想いがわたしには託されてしまった。
 どれだけ醜かろうと、批判されようと――戦争は、生きていることがすべてに勝ると思う。帝国が勝とうと、死んでしまっていたら意味がない。だから最後まで生き抜いてやる。

 わたしは亡き友の愛武器である斧槍を手に取った。初めて手にしたこの斧は――わたしひとりじゃ持ちきれない程に、とても重たかった。

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