ヘボ将棋の極み(ダメ子に5連勝編)

2020年9月10日、将棋界の歴史に刻まれるであろう世紀の対決がきって落とされる。

朝方すっかり涼しくなった大阪の郊外に建つオンボロアパートの一室で、ネット将棋で知り合った男女が火花を散らす。

ハンドルネーム『空ダメ子』、女性と言う性別以外すべて謎に包まれた自称美女。

方やハンドルネーム『最強のオールラウンダー』別名へなチョコ、性別はおっさんで年齢は50過ぎ、現在失業中。

ダメ子「よくもまあ逃げ続けてくれたもんねへなチョコじじい、そんなに私が怖いか?」

チョコ「現在俺の2連勝だ」

ダメ子「勝ち逃げって言葉を知ってるかい」

チョコ「貴様との対局は俺の5連勝で終止符が打たれる」

ダメ子「聞いたことに答えろ、ボロクズめ」

チョコ「今日も俺がサクッと勝っちゃう」

ダメ子「どうやら口で言ってもわからないようね」

ダメ子は指をポキポキ鳴らす。

チョコ「なんだ将棋で勝てないから今度は腕力か?言っとくが俺は男だ貴様が向かって来るなら正当防衛でドメスティックバイオレンスを発動することになるが、それでも良いのか?」

ダメ子「なんでも私は格闘技の有段者って設定らしいよ、災難だったね」

チョコ「ふ、なら俺は無差別級で優勝した強者って設定だ、覚悟しろ」

チョコの設定は却下された。

チョコ「らしい、俺は文字通りへなチョコだってさ、ウヒっ!」

ダメ子「さあ、対局の前にプチっと行きますか」

チョコ「やめておけ、しょせん女は男に力では勝てない、それが神が与えた天命であり自然の摂理だ」

ダメ子は全身にファイティングオーラをみなぎらせチョコに近づく。

チョコ「そうかわかった、こんなに言っても理解できないようなアホには実力行使あるのみ」

ダメ子が襲い掛かった。

チョコも応戦。

将棋対局前のデモンストレーションの結果は!?

チョコ「ぎょひっぃぃぃいいいい!!」

チョコの悲鳴が奈良と大阪の境界線である生駒山に広がったとさ。


将棋サイト『きのあ将棋』

先手空(そら)ダメ子・VS・後手へなチョコ

ちなみにきのあ将棋でのダメ子の実力は下から数えて3番目。

自称最強のオールラウンダーへなチョコが将棋ソフトのレーティング戦で現在7級。ビビリのチョコはこの1局のためにソフトでの対局(初段〜6級相手)30局は熟(こな)したらしい。

5八玉、8四歩、9六歩、9四歩、7八銀。

チョコ「畜生!またいきなり中住居(なかずまい)か!横歩取りでもないのに毎回初手でふざけた手さしやがって、貴様が初手に飛車先や角道を開けたのを見たことがない」

ダメ子「角道なら開けてるわよ、ほれ9筋の」

チョコ「隣は壁だ、絶海(ぜっかい)の奈落(ならく)だ、盤上から角が外に飛び出す狙いか、おお!?」

ダメ子「あっ、それありかも」

チョコ「セオリー無視を通り越してルール違反じゃボケ!」

ダメ子「なんか言ったか、ああん?」

ダメ子の眼光に恐ろしい何かが浮かぶ。

チョコ「よし、8五歩っと、ささお嬢様の番ですよ」


8五歩、6八金。

チョコ「なんで金がそっちに上がる!だいたい7八銀ってなんだ、この場合角の横には金が寄り添うのが定跡ってもんだ、序盤から悪形でどうやって勝つつもりか」

ダメ子「あんたにはこれで十分だ」

チョコ「潰す!」


6二銀、7六歩、3二金、7七金。

チョコ「とうとう金が7七に上がったな、見事な偽櫓(ニセやぐら)が完成した」

ダメ子「さっさと指動かせゴミめ、口先だけの男はあたしゃ嫌いだよ」

チョコ「墓場まで嫌いでいてくれ、食らえ4二銀!」

ゴミは普通の手を力強く盤上に打ち下ろした。


4二銀、7九角、3四歩、1六歩。

チョコ「もしも〜し、飛車横の端歩を突いても飛車は斜めには動けませんよ」

ダメ子「龍に成れば斜めに行ける」

チョコ「今は使用前だ、ビフォーだ」

ダメ子「いずれなる、あんたの王様の上でね」

チョコ「タダで取らせてくれるんだろ」

ダメ子「あんたの王様が詰んだ後にね、今回だけだぞ欲張りさん」

チョコ「うぬぉぉぉぉおおお!詰ます!泣かす!土下座さす!」

唸り声で端歩を突き返した、言ったわりには消極的な手だ。


1四歩、4八飛、4一玉、6六歩、5四歩、3八銀、5二金、3六歩。

チョコ「怪しげな3六歩だ、しかも飛車先の歩を突かない右四間飛車か?奇抜な戦法がしたいならプロになってからしろ」

ダメ子「飛車先の歩を突けばあんたの息の根が止まる、間違いない!」

チョコ「むきゅうぅう!こっちはちゃくちゃくと本矢倉を完成させつつある、貴様の偽矢倉と物が違うのだ」

ダメ子「あたしのは金のシャチホコ矢倉さねえ」

チョコ「宮大工にあやまれ」


3三銀、6七金。

チョコ「金のシャチホコ矢倉崩壊」


3一角、5六歩、4四歩、3七銀、4二角、7七桂。

チョコ「相変わらず桂馬跳ねんの好きだな、桂馬の高飛び歩の餌食って格言を知ってるか?」

ダメ子「へなチョコの王様歩の餌食って言葉が最近できたらしい」

チョコ「7七の桂は必ず食らう!」


3一玉、5七角、8六歩、同歩、同飛、8七歩。

チョコ「うきゃきゃきゃ!着実に8筋を削ってやる、悪形を指したことを後悔しろ」

ダメ子「そのまま飛車を置いたままにしな、そうすれば何かが起こる」

チョコ「飛車がタダじゃねえか、バカかお主(ぬし)は?」

ダメ子「違う、あんたの角が睨みを効かせてるよ、4二の」

チョコ「だからなんだ」

ダメ子「あたしの大事な歩とあんたの貧相な飛車の交換さ、悪い話じゃないだろ」

チョコ「天誅(てんちゅう)!!」

叫んだへなチョコは不平等交換を拒否して8二に飛車を引いた。


8二飛、2六歩、8八歩、2五歩、8九歩成る、同銀、8七飛成る。

チョコ「どうだプロも真っ青の垂らしの歩で龍に成っちゃう」

ダメ子「おやまぁ、蛇がチョロチョロっと」

チョコ「龍だ龍王様だ」

ダメ子「なんでこんなところに干からびたミミズが?」

チョコ「罰当たりな降格許さん!必殺ドラゴンファイヤぁぁぁあ!」

8八に歩を打たれたのでミミズ龍王1マス退散。


8八歩、8六龍。

ダメ子「男の未練がましいのはみっともないよ、引くならスパッと8二まで引きな」

チョコ「くっくっくっ、桂馬を食らうと言っただろう、今日の夜は馬刺しだね」


2八飛、2二玉、2四歩、同歩。

チョコ「2八に飛車が戻ってら、なんのために右四間飛車に振ったのか、怪女(かいじょ)のすることはさっぱりわからん」

ダメ子「王様の心臓をパクッと行くためさ、うっひっひっ」

チョコ「なにぃぃい!3五歩?とうとう正体あらわしやがったな妖怪め!」


3五歩、同歩、2六銀、2三金、3五銀。

ダメ子の銀が迫り出して来たのでチョコの心臓はバクバクと音がなる。

チョコ「にゅひょぉぉお!来るなぁぁあ来るなぁああ!あっち行っておくんなまし」

ダメ子「ここかぁぁああ!ここが弱いのかぁあああ!」


3四歩。

ダメ子「あれ?」

ダメ子の銀はおめおめと4六に下がった。

チョコ「なんだぁああ!何もないくせに驚かしやがって、パクッと行かれるかと思っただろうが」

ダメ子「何にもわかってないねぇあんた、本番はこれからさぁ」

チョコ「なぬ!?」


4六銀、4三金、4八飛。

ダメ子「新生パワーアップ右四間飛車!」

チョコ「これかぁぁぁあ!これが狙いだったのかぁぁぁあ!どこだどこをえぐって来る!?」


7四歩、3八飛。

ダメ子「真の狙い筋!右三間飛車!」

チョコ「うおぉぉお!フラフラしやがって右三間飛車など聞いたこともない、もしかして新手か?」


7五歩、6八角、7三桂、6五桂。

ダメ子「どうだ!これで歩の餌食は完全になくなった、ざまぁ見ろ」

チョコ「飛車の動きはなんだったのか?まったく関係ねぇ」

ダメ子「7三の桂馬で私の大事な乙女(おとめ)の桂ちゃんを食べちゃいな、欲しいんだろ桂馬が?」

チョコ「あっほんとだ、桂ちゃんが食える」

ダメ子「優しくしてね」

チョコ「ふひょひょひょひょ、怖がらなくても良いんだよおじさんは紳士だから」

ダメ子「いやん」

空ダメ子とへなチョコはしばらく見つめあった。

そして・・・

そして・・・

チョコ「桂馬とったら龍王がタダじゃねぇかこの阿婆擦(あばず)れめ!もう少しでダマされるところだったぜブヒぃぃい!」

ダメ子「チッ」


8四龍、7三桂成る、同龍。

チョコ「馬刺し捕獲完了」

ダメ子「ご馳走してやったんだから奢(おご)れよな」

チョコ「俺のG1ホースをくれてやったろう、おあいこだ」


7五歩、同龍、7六歩、2五龍、2八歩。

チョコ「シャキィぃん!華麗なる2五龍で下段に歩を打たせてやったぜ、まいったか」

ダメ子「しょぼい」


8五龍、7八銀。

チョコ「???・・妖怪ババア、なんだその7八銀は?」

ダメ子「ふっふっふっ、長考に沈め」

考慮時間3秒で結論が出た。

チョコ「完封勝勢8八龍!貴様の負けだダメ子!」

ダメ子「ひぃぃぃぃぃい!」

ダメ子の奇策、撃沈。


8八龍、6九銀、8六歩、7五歩。

ダメ子「いやらしい真似するんじゃないよ、なにさその8六の歩は」

チョコ「垂らしの歩2(ツ〜)、お前こそやることがないからって無意味な7五の歩か?」

ダメ子「くっきっきっ、意味がないと思うのは幸せな証拠さ」

ダメ子の妖術を相手にせずさっさと8七に歩が成った。


8七歩成る。

ダメ子「そこまでするんかい!卑怯者めが」

チョコ「褒め言葉と受け取ろう」

ダメ子「お巡りさん、ここに変質者が」

チョコ「ポリスマンを呼んで無効対局にするつもりか、哀れだのうダメ子よ」

本当に110番。

チョコ「いやダァ!もうすぐで勝つもうすぐで勝つんだからな、無効にしてたまるかぁぁあ!」


9五歩。

ダメ子「香車を仕留めるよ、このままだと香車が天変地異を巻き起こす!」


7七桂。

ダメ子の角道封鎖、香車強奪(ごうだつ)の道は断たれた。


3五桂。

ダメ子「この桂馬起死回生の一手なりぃぃいい!」


同歩。

起死回生の桂馬、捕縛(ほばく)される。


同銀。

ダメ子「そこだぁぁぁあ!」


3四歩、2四銀、同銀、7八銀。

ダメ子「2筋と見せかけて実は7筋!」


同龍。

ダメ子の銀無料奉仕。


8八歩。

ダメ子「と金で取られたら私はやばいかも!?」


6九銀。

ダメ子のハッタリ空を切る。


4八玉。

ダメ子「93手前からこの時点で玉の早逃げを予測していたのさ」


6七龍。

チョコ「ごっつぁんです」

金のシャチホコは無事龍の腹の中に。


3九玉。

ダメ子「鉄壁の穴熊!」

チョコ「鉄壁だ!どこにも隙がないぞ!」


2六桂。

ダメ子「そんなところに桂馬を打つなよぉお、やめろよ〜」

チョコ「穴熊から狸を追い出すにはここしかない!」


4八飛。

ダメ子「大逆転のまたまた右四間飛車!」

チョコ「ダメだぁああ、やられる俺は逆転される!?」


5八銀打つ。

ダメ子「聞いてないぞぉお、銀を打つなら将棋連盟に許可をとれ」

チョコ「このままだと負ける、俺は必ず負けるぞ!」


2四角。

チョコ「ぎゃぁぁあああ!角の強襲だぁぁあ!俺っちの王様に即詰みがあるかもしれない」

ダメ子はしらけてる。


4九銀成る。

チョコ「苦し紛れの4九銀成る!ドキドキドキ・・吾輩の玉に生きる道は有るや無しや?」


同玉。

ダメ子、無表情で成り銀をとる。

チョコ「大変だ!在庫切れで駒不足が発生するかもしれない、残り金2枚と歩が2枚でどうやって相手の玉を詰ませるというのか!?」


5八金、3九玉。

チョコ「もっと謙虚に生きていれば将棋の神様が微笑んでくれていたのに・・無念だ」


4八金、同玉。

チョコ「生命線の金まで取られてしまった・・はぁあ・・神はどこまでも無情なり」


3八金、5九玉。

チョコの指が震えながら6九の銀をつまむ、そして。


5八銀成る。

まで108手で後手へなチョコの勝ち。


2人の間に静寂な時間が流れてゆく。

へなチョコは真剣な顔つきでダメ子の負けましたの声を待った。

待ったが一向に負けを認めないダメ子、仕方がないのでチョコは悪ノリを始める。

チョコ「すまん、本気出しちゃったみたいだ、これで俺の3連」

ボコっ!!

チョコ「グフォぉお!?」

ダメ子、正面を向いたままの怒りの正拳突きがへなチョコの顔面に炸裂。

チョコ「負けて暴力か?なんて女」

バキッ!

チョコ「うぉお!」

ヅカッ!

チョコ「キャいん!」

ゴキッ!

コ「ムギュ!」

パンパンパンパンパンパン!!!

往復ビンタの爆裂音が生駒山に響きわたった。

全速力で逃げ出すへなチョコ、追いかける空ダメ子、簡単に捕まったチョコの悲鳴が・・

チョコ「勝手にそんな結末にするんじゃねぇ!俺は逃げる、どこまでもだ!」

どこまでも逃げようとしたがダメ子は100メートル走の世界記録保持者だった。

チョコ「なぜだぁぁぁぁああ!!」


今回の記録。ダメ子に3連勝。現在の級位7級。

5連勝まであと残り2つ。

おまけ全棋譜掲載。

5八玉、8四歩、9六歩、9四歩、7八銀、8五歩、6八金、6二銀、7六歩、3二金、7七金、4二銀、7九角、3四歩、1六歩、1四歩、4八飛、4一玉、6六歩、5四歩、3八銀、5二金、3六歩、3三銀、、6七金、3一角、5六歩、4四歩、3七銀、4二角、7七桂、3一玉、5七角、8六歩、同歩、同飛、8七歩、8二飛、2六歩、8八歩、2五歩、8九歩成る、同銀、8七飛成る、8八歩、8六龍、2八飛、2二玉、2四歩、同歩、3五歩、同歩、2六銀、2三金、3五銀、3四歩、4六銀、4三金、4八飛、7四歩、3八飛、7五歩、6八角、7三桂、6五桂、8四龍、7三桂成る、同龍、7五歩、同龍、7六歩、2五龍、2八歩、8五龍、7八銀、8八龍、6九銀、8六歩、7五歩、8七歩成る、9五歩、7七桂、3五桂、同歩、同銀、3四歩、2四銀、同銀、7八銀、同龍、8八歩、6九銀、4八玉、6七龍、3九玉、2六桂、4八飛、5八銀打つ、2四角、4九銀成る、同玉、5八金、3九玉、4八金、同玉、3八金、5九玉、5八銀成る。

まで108手で後手へなチョコの勝ち。

次話へと続く。



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