雑記(14)

2020年3月18日、何事もなく桜は咲くで。

童話『ウイルス戦争』

2✖️✖️✖️年、人類は未知のウイルスの襲来に対し、世界の要人達は考えられるだけの専門家を招集した。

彼らの事を世間では『スーパー頭脳集団』と呼んで賞賛する。

スーパー頭脳集団はまずウイルスの封じ込め作戦を提案、世界の過半数はそれに従い人の流れと国境を封鎖し、経済は破滅的な大打撃を受けるが。

「封じ込めには痛みが伴う、作戦を実行しなければウイルスが拡散し多くの人達が死に至る」

「そうだ、命は何よりも優先される」

「少しの間我慢すればパンデミックは抑えられ、人命が救われる。そして感染者は自然に減少し生活は元通りになるだろう」

「今が瀬戸際の時」

スーパー頭脳集団は口々にそう発言し、世界も封じ込め作戦に期待し専門家の意見に従った。

しかし、封じ込め作戦は失敗し、パンデミックが発生する。

人々は落胆したが、スーパー頭脳集団が次の作戦を発案、世界に向かって発信した。

特別な用事がない限り活動自粛及び禁止、マスク着用・不必要な接触禁止・積極的な殺菌消毒・できれば防護服着用などなど、細か過ぎる方針に生活が不便を極めるが、ウイルス封じ込めのためだと民衆は従った。

痛みを伴う作戦は最初少しだけ効果を示し、感染者の数は一瞬減少する。だが・・・

未知のウイルスは時間差をつけて再燃・再感染・再流行・一時終息を繰り返し、スーパー頭脳集団の2次作戦も事実上失敗。

そしていよいよ憎い憎いウイルスをやっつける為にワクチン開発を急ぎ同時に既存の薬剤を感染者に投与する。それには専門家の一部からも異論が噴出。

「そもそも別の病気に開発された薬を投与すれば、どんな不測の事態が発生するかわからない、慎重になるべきだ」

「もはや不測のパンデミックが発生している、患者の同意のもと有効な治療法は全て試すべきだ」

「薬剤開発に時間がかかるのは動物実験や基礎研究の間に予期しない弊害を示してきたからだろう、患者の同意を盾に責任逃れは止めろ」

「お前こそ患者の命が危険にさらされても平気なのか、医者なら責任より前に人の命を優先させるモノだ」

「今度は生命を盾に同意の人体実験を推奨するつもりか、医者は万能の賢者じゃないんだぞ、必ず間違いを犯す患者と同じ人間だ」

議論は白熱したが感染拡大と並行して慎重論は阻害され、既存治療の乱発が進められた。

当初は有効と認められた処方も、患者の数の分だけ症状が違い有効性もまばらになって行く。最後はウイルスの変化の速さにどの薬剤も治療法も有効性を示すには至らなくなる。結果ワクチン開発が少ない臨床試験で急遽認可され、一般に投与されるも、ワクチンに誘発された抗体が未知のウイルスと共生する様になり、感染予防にワクチン接種は何の役にも立たなかった。

そんな中思わぬ所から不測の事態が発生する、家畜の豚にウイルスが感染したのだ。

「豚から人への感染拡大を防ぐために涙を飲んで殺処分が妥当である」

スーパー頭脳集団の鶴の一声が行政を動かし感染エリアの全ての豚を殺処分する。その数世界全体で10億頭。

10億頭の豚を殺処分したすぐ後に鶏舎での感染を確認、専門家は殺処分を政府に打診した。

しかしここで動物愛護団体からクレームが巻き起こる。

「いくら何でもやり過ぎだ、このままだと感染防止の名を借りた皆殺し政策が世界中を席巻する事になる」

「人間の生命を守るための苦渋の決断だ、専門家以外の素人は口出ししないでくれ」

「家畜は人間に食われる事で初めて不幸な境遇を何とか許容してきた、それも家畜の側の意見じゃない、人間の都合でそう思ってきただけに過ぎない、生命に尊厳があるのらせめて感染区域の家畜を自然死するまで生かしてやって欲しい」

「そんな事をしていては感染エリアはさらに拡大する、政府からの補助金も出るんだ経営者に資金面での苦悩は少ない、家畜の尊厳などと言う感情論に躊躇していては人類を破滅に追いやる事になる、その時になって貴様に責任が取れるのか」

動物愛護団体の批判は封殺され感染エリアの鶏も殺処分された、その数は豚の数倍に及ぶ。

鶏の殺処分中に今度は牛に感染、スーパー頭脳集団はここまで来ると躊躇う事なく殺処分を行政に進言。こうなってくると少数だが一般人からも不安が湧いて出る。

「豚、鶏に続いて今度は牛か、専門家は頭が良いのに殺す事でしか感染症を解決できないのか」

「過去と現在のデータに基づいた医学的見地からの決断なんだ、何も知らない一般人が首を突っ込める領域じゃない、ここは謹んで不用意な発言やデマをネットで拡散しないように注意してほしい」

「一般人は専門家の意見に絶対従わないと許されないのか、ならもし専門家の考えが間違っていたら俺たち一般人はどうすればいいのか」

「我々専門家には長い間に蓄積されたノウハウがある、今現在も学術的に進化を遂げ研究範囲は膨大に及ぶ、世界中の政府から信頼され要求に応え続けてきた自負もある、無責任な一般大衆とは発言の重みが違うのだ」

こんな事を言われて言葉を継げる一般人はそうはいない、半ば強引に大衆の言葉を封じ牛の皆殺しが敢行された。

そんな中、専門家の総意に苦言を呈する某国首相が現れた。

「このままでは経済的にも道徳的にも耐え難い傷を残す事になる、どうだろう集団免疫の可能性について模索するべき時ではないかね」

首相の善意からの発言にスーパー頭脳集団の反論は苛烈を極めた。

「民衆の命を守るべき国の代表が、感染者数の拡大に力を貸すと言うのか、それはつまり人類の敵ウイルスに力を貸すと同じ事だぞ」

「行政の長なら国政に尽力して最善の策を実行してれば良い、知ったか振りの発言は厳に謹んで、悪戯に人心の不安を煽る事の無きよう留意願いたい」

専門家の糾弾になおも言葉を続けようとした首相に耳打ちする側近。

「なに!?ペットの犬猫に感染」

聴き終えるより早く専門家達は互いに目を合わせ首を縦に振った。

「我が首相よ、今こそ決断の時だ」

「なにを決断するのか、まさか・・」

「ええ、これも人類を守るための止むなき仕儀、ご決断を」

体を震わせ憤る首相は言下に吐き捨てた。

「そんな事ができるか!」

「生命と人類を守るため、大義の前の小事です」

「なにが小事か、飼う者にとってペットは家族と同じ、お前達は家族を殺せと言っているのだぞ」

「万民を預かる長の意見とも思えませんな、家畜は良くて愛玩動物はダメだと、それこそ差別と言うものだ」

「理屈などどうだっていい!私は殺せない絶対殺せないからな!!」

怒りながら退出する首相の背中を冷静な目で見つめるスーパー頭脳集団は、世界の専門家達にペットの殺処分決定を呼びかけた。賛否の議論が紛糾したがその間もペット感染が広がりそこから人間へと拡散した。専門家の賛成派・反対派・慎重派とが殺気だった口論の末、決断を迫られた各国要人達は反対派、慎重派を感染症対策のグループから排除し、賛成派の意見を採用。世界中の民衆に訴えた。

当然怒号のような罵声が飛び交い、パニックの様相を呈した。

もともとのペット嫌いは即時殺処分を実行しろと喚き立て、飼い主の大半がそれに猛抗議。感染リスクを恐れながらもデモ活動が強行された。そうなると活動自粛の戒厳令を敷いていた各国行政も行動を開始、力づくで飼い主から犬猫を剥ぎ取った。

抵抗する民衆は容赦なく獄に繋がれ、泣き叫ぶ子供からも愛らしい子犬を奪い去る。膨大な家畜の殺処分が行われたため殺処分用の薬物が不足し、短時間の考慮の末に犬猫は生きたまま穴に放り込まれ、そして生き埋めにされる。当然飼い主にその事は知らされる事はなかったが。

こうして人類が文明を持つと同時にヒストリーを彩ってきた犬猫が、歴史上初めて世界の家庭から消失するのだった。

自宅待機を命じられた人達は癒しのペットまで失い茫然自失、それらが経済的不況と絡み合って感染者と非感染者の間で、救いようのない迫害と差別の暴風雨が発生する。

スーパー頭脳集団は行政を通じて。

「差別はするな区別をしろ」

と忠告するが、大衆からは。

「なにが区別だ綺麗事言いやがって、恐怖のウイルスに感染したら貴様らが責任取って中傷の盾になってくれると言うのか?」

「家族の命を守るために感染者を遠ざけて何が悪い、医療機関が崩壊して隔離できないのは俺達の所為じゃないぞ、貴様ら専門家が無能だからじゃないか!」

「さんざん恐怖を煽っておいて今更区別も差別もないわよ、生きるか死ぬかの瀬戸際に冷静でいられるほど楽観的じゃないの!」

ヒステリーをなだめようと専門家の1人が聴衆に語りかける。

「悪いのは人類を苦しめるウイルスであって感染者じゃありませんよ、憎むならウイルスだけを憎みましょう」

「ウイルスに感染した家畜を皆殺しにした光景を見せつけておいて、ウイルスだけを憎みましょうだと、ウイルスと人間の体が引き離せると思っているのか、専門家はこの世をファンタジーとでも錯覚しているのかよ!」

「違います、今はウイルスとの戦争に勝利するため、世界中が一致団結して悪魔の微生物に対抗しなければなりません、どうか皆さんの熟慮と平常心を期待します」

スーパー頭脳集団は発言を誤った、民衆の目の色が変わり、それが狂気の行動へと移行される。

「そうだウイルスは悪魔だ、ウイルスに感染した奴らも悪魔なんだ!」

「感染者はバイ菌だ、これ以上近づくな増やすな排除しろ!」

悲鳴を上げながら逃げ出す専門家達、世界中の民衆は鎮圧されるのを覚悟で暴動を開始した。

ここに戦争が始まった。

それはスーパー頭脳集団の思惑とは違う形の戦争だった。

・・

・・・

・・・・

戦争から数年後。

ウイルスと人類同士の戦いの末。

人類はウイルスに敗北。

地球上に立つ人の影は無く。

ゴーストタウンと化した都市部の空き地に。

白い一輪の花が風に揺れていた。


完。



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