フライヤーマン(1)

蝉がミンミン鳴いている。

今は何月かの暑苦しい日。

「夏だ」

そうだ真夏の炎天下だ、貴様をこんがり焼いて干し椎茸にするにはちょうどいい。

「天の悪意を感じるな」

天は貴様に悪意しか感じてない、青天の霹靂で雷撃がお前の頭上に落ちることを異世界人も祈ってる、アーメン。

男の名はアチョ、名前に特別な意味はないただ諸事情でアチョに決定した経緯がある、知りたい人は失敗作フライヤーを読んでくれ、そこには涙の事情とホンゲー!なミステリーが絡んでくる、はず。

アチョは今日もフードデリバリーのチラシを配るため、愛用の原付バイク『無根性1号』にまたがって現場にむかう。10年来の腐れ縁だが有名バイクメーカー『本だ!!』の原付、性能はピカイチだ。

本だ!!は元出版業界を牽引した大手出版社、出版不況の波に呑まれ溺れて色々新規事業に手を出しちゃあ失敗、派遣社員の清掃担当に改造バイク好きな若者がいたので、出版社社長の「バイク作って見ねえ?」のタヌキの一声で起業された、無計画事業だった。

しかしそれが大当たり、以前は街中を「盗んでないバイクで走りだす」交通機動隊と仲の良い青年だったが、株式の80%を取得し出版社のタヌキを社長の座から蹴り落とし、ついに企業のトップに立つ。立身出世のモデルケース的存在だ。

「俺もいつか起業する」

そうだな闇金に300000000ぐらい出資してもらい、パチンコで倍に増やせ。借金取りからのリアル逃走中が実現する。


信号は赤、アチョは作業ズボンのニッカポッカをバタつかせて太ももに風を送る。半袖のボロシャツ?にヘルメットの中身は短髪、年齢は40か50か60か実年齢は不明だが老け顔、設定が120歳でも誰も文句は言わん、そもそも興味がない。

アチョの背後にはそびえ立つグレートマウンテン『生駒山(いこまやま)』、いつもは山の麓が投函ルートだが今日は平地、大阪の郊外で特段観光スポットもないごく平凡な地方公共団体の市街地だ。

「そう言えば愛車にガソリンを投入しないと」

飲むのは自由、レギュラー・ハイオク、軽油、灯油、ドリンクバーみたいに好きなのをブレンドしろ。

「セルフのスタンドはどこだ」

当然セルフだ、接客してもらおうなど万年早い。

「割引きがありがたい」

消費税10%のところを20%課税の大盤振る舞い。

「おっ見つけた」

どこ?

「セルフスタンドってデカイな」

人間性の小さいお前から見ればみんなビッグ。

「その割に人が少ない」

余計なお世話だ。

給油機にバイクを横付けするアチョ、センタースタンドを持ち上げてバイクを停車。鍵を抜き去りそのまま逃走、放置バイクは不法投棄物となる。

「バイクは友達、不法投棄など言語道断」

さよか(そうか)。

バイク足もとの給油キャップにキーを差し込み、フタを回し続けた。永遠に…

「キャップを外すなど造作もない」

法律が許せば幼稚園児でもできることだ、自慢するな。

給油機に並んだガンノズルを『どれにしようかな』の数え歌で選択する。

「軽油を選べば本だ!!のバイクでも生きてはいられない」

大丈夫お前のバイクはディーゼル仕様だ、勇気を持ってノズルを突き差しレバーを引け。

「ハイオクは値段が高い、世界長者番付で経済誌に掲載されたことのある俺様でも、これは選べない」

軽油を選べ。

「やはり無難にレギュラーガソリンだな」

軽油だ、まだ間に合う。

アチョは赤色のノズルをつかみレギュラーガソリンを原付に注いだ。

チッ、軽油って言ったのに。

「ガソリンは気化性が強い、独特のにおいがする」

においはどうでも良い、残された手段は軽油とレギュラーガソリンのミックスブレンド。

「軽油とレギュラーを混合する人っているのか?」

いるここに、お前がそうだ。チャレンジャーって言われてる。

ノズルを燃料タンクに入れながら、アチョは灯油の給油機を遠目に見た。

「これだけ暑いと灯油のスペースも不要だな、夏場はスタンドにとってお荷物だ」

気の毒に思うなら率先してお前が使ってやれ、相棒の原付バイク『無根性13号?』も喜ぶ。

「高齢者が間違って車に灯油を入れ間違える、そんな事ってあるか?」

明日の朝刊に貴様の顔写真付きで『ジジイ灯油を入れ間違える』って掲載されてた。

「さすがにそれは無いな」

灯油を入れろ、ガソリンスタンドと報道メディアのために。

「灯油なんか入れたら無根性1号が苦しむ」

13号だ、俺が決めた。

「たまには洗車もしないとな」

車の洗車機を見つめながらつぶやくアチョ。

「けっこう並んでるな」

車の最後尾にお前と相棒が並ぶ。

「車専用の洗車機だ」

行ける、なんとかなる。

「人間とバイクが入ったら傷だらけぐらいじゃ済まないぞ」

オプションでワックス洗車も追加しといた、テカテカにしてもらえ。

「考えただけでも恐ろしい」

恐れを克服した者だけが次のステージへと進む。

「次のステージに進む前に命が尽きる」

お前の屍(しかばね)を乗り越え、相棒の無根性15号が志(こころざし)をひき継ぐ。

「1号だ」

16号だ。

「………」

………

「にゃろう!!」

かかって来いやぁぁぁあ!!


レギュラーガソリンを入れたあと、レシートを精算機に持っていく。

「値上がりしたな」

原油の輸送ルート『ホルムズ海峡』を俺が閉鎖しておいたからな、感謝しろ。

「原付の満タンで500円超えは痛い」

もうすぐ600円になる。

「100円値上がりしただけでも貧乏人には辛いぞ」

世界長者番付に名を馳せるお前ならぜんぜん余裕だ。

「なんとかしてくれよ外務省に経済産業省」

破廉恥(ハレンチ)パブで官僚を接待すれば望みは叶う。

「俺様の納税で食ってる身分がこんな時ぐらい活躍せんでどうする」

国民の扶養家族が口を開くな。

「なんなら俺が霞ヶ関で辣腕(らつわん)を振るうか」

『ゴミ溜め省』を開設しといた、存分に辣腕をふるってくれ。

「日本を今一度洗濯し候」

坂本龍馬の名言か?暗殺されるってとこだけは実現可能だ。

「官僚の最高位『事務次官』になって血税を貪(むさぼ)り放題」

正体あらわしたな国家の寄生虫、だが貴様なら国家公務員採用一種試験にみごと合格できるはず。

「中学時代5教科合計29点の実力を見せつけてやる」

各大臣が花束持ってお出迎えの超エリート官僚誕生の瞬間。

「公務員制度改革など企(たく)らむ政治家は、国民に見えないようサボタージュでいびり殺す」

メディアリークでとどめを刺せ。

「改革派官僚どもは出世競争で叩き落とす」

中国共産党より強固な組織構築だ、この国を裏から牛耳るには最高の機関。

「国家財政が破綻したら金持って外国に逃げる」

国民奉仕の鏡だな。

「やっぱり外国経由の資金洗浄で日本に残ろう」

国境は封鎖されました、あなたは永久追放です。


つづく。







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