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ヘボ将棋の極み2(八次郎編)

将棋好きのおっさん通称へなチョコは大阪の郊外に住んでいる。今日も近くの公園で将棋を指す。

八次郎「おっさんヘタクソの癖に駒だけは立派やの」

公園の休憩どころ四阿(あずまや)のテーブル上に折り畳み式盤と黄楊(つげ)材の駒が並んでいる。

チョコ「1万以上はするガキには過ぎたる名品よ、死ぬまでに拝んでおけよ」

八次郎「おっさんの方が早く死ぬ、12歳の僕ちんはおっさんが死ぬ頃大企業のGMや」

ダメ子「あたしはその頃日本国首相になっている」

チョコ「黙れ暴力女!貴様が首相に就任した日が他国との戦争が始まる日だ、そもそも呼ばれもしないのになぜここにいる?」

空ダメ子、自称美女の彼女は『きのあ将棋』と呼ばれるサイトでワースト3位に入る強者?である。

ダメ子は半袖の袖をまくり上げると白くて細い二の腕を曲げる、すると信じられないような力(ちから)コブを作って見せた。

ダメ子「最近運動不足でね、あたしの力コブがエネルギーを放出させろとうるさいのさ、おや?目の前にちょうど良いサンドバッグが」

八次郎「バッグはおっさんの方な、手頃なヨボヨボのサンドバッグや、存分にどついて(殴って)やってくれ」

八次郎(はちじろう)、通称八次郎。12歳の男子小学生で最近将棋を覚え将棋ソフト『激指(げきさし)』のレーティングで8級の腕前。得意戦型は居飛車。

チョコ「殴れば老人虐待で刑務所行きが確定する、その覚悟はおありかな?」

ダメ子「ある、害虫退治で市役所から表彰される」

八次郎「される、僕ちんが保証する」

ダメ子「保証されちゃった、早速退治ますか?」

チョコ「後で公園の水道水をご馳走するから堪忍して」


先手八次郎・VS・後手へなチョコ

7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。

ダメ子「よし、へなチョコ四間飛車だ」

八次郎「振れ!」

チョコ「やかましい、右四間飛車でももはや不可能だ、ノーマル振り飛車などありえん」

ダメ子「度胸ないねぇ、私なら振る」

八次郎「振れや!」

チョコ「瞬殺してやる!」


2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛。

八次郎「おっさんの苦手な横歩取りや、逃げるんやったら今のうちやで」

ダメ子「今だチョコ、四間飛車に振って八次郎をキャいんと言わせろ」

八次郎「四間飛車に振られたらキャいんと言いそうだ」

チョコ「相手の手番で指したら2手指しで反則負け、その上つぎの手で四間飛車に構えたら打ち間違いで反則負けだな」

八次郎「負けが怖いのか?」

ダメ子「怖いのか!!」

チョコ「30分後に貴様らの土下座が見える・・」

八次郎が3四の歩を指でつまんでチョコを見る。

八次郎「横歩取りは圧倒的に若い方が有利や、おっさんを何度これで泣かしたったか」

ダメ子「泣け、号泣しろ」

チョコ「その横歩をとった瞬間に貴様の運命は尽きる」


2六飛。

3四の歩を元に戻して素早く飛車を中段に構える八次郎、横歩取り不成立。

八次郎「作戦成功」

チョコ「定跡だ、この時点で作戦が成功するなら貴様はプロになれる」

ダメ子「7六の歩を食いちぎれば横歩取りは成立する、お子様に大人の怖さを思い知らせてやれチョコ!」

八次郎「そんな手があったか、大人は怖い」

チョコ「タダだ、飛車がタダで持ち逃げされる、お前たちの目は節穴か?」


2三歩、8七歩。

ダメ子「歩から逃げるなチョコ、ここは一気に4四角で2六の飛車を狙え」

八次郎「そんな手があったか、大人は怖い」

チョコ「4四角、同角、同歩、8六歩」

ほぼ飛車がタダの筋(すじ)と、飛車が逃げれば角と香車が取られてチョコは超劣勢になる。

ダメ子「飛車を取らせた上に角が交換できた」

八次郎「持ち駒に角が増えたなおっさん、痛い交換や」

チョコ「戯言(ざれごと)は済んだか?」


8四飛。

八次郎「逃げんなや」

ダメ子「ヘタレが」

チョコ「俺が勝ったら2人とも土下座だぞ」

ダメ子「お前がしろ」

八次郎「土下座野郎」

チョコ「ドラマのセリフだ、ミーハーどもが、知性も知能も虫けら以下だな」


6八玉、4四角。

チョコ「ほら、待望の4四角だ」

八次郎「賞味期限は過ぎたで、腐ってたらどうしてくれんねん」

ダメ子「しれっと他の商品に混ぜてんじゃねえ、食品衛生法違反じゃボケ」

チョコ「そこまで言うのか」


同角。

ダメ子「さすがは八次郎、商売人の鏡だね」

八次郎「期限切れの角は回収した、僕ちんの店で不正は許さん」

チョコ「よしわかった、徹底的にクレーマーになってやる」


同歩、4八銀、4二銀、5八金、4三銀。

チョコ「3三銀か4三銀かでオシャレ度が違う」

八次郎「おっさんには一生棒銀が似合う」

ダメ子「原始棒銀だ、行け」

チョコ「4三の銀が棒銀になることはない、一生涯な、将棋を知ってるのか貴様らは?」


7七金。

ダメ子「最近流行系金のシャチホコ矢倉」

チョコ「違う、すでに矢倉の将棋でも横歩取りでもない、ほぼほぼ角換わりの将棋だ」

八次郎「金のシャチホコ矢倉完成」

ダメ子「らしいぞへなチョコ、あんたは将棋入門書から出直して来い」

チョコ「・・・・・」


4二玉、3六歩、6二銀、3七桂、3一玉。

ダメ子「玉を下がるな!」

八次郎「消極的な手指しやがって」

ダメ子「3三玉!」

八次郎「2四玉!」

言われた通りに指すとチョコの王様が裸で八次郎の飛車の前へ。

チョコ「王手見逃し俺の負け、入門書から出直すのは貴様らの方だ」


9六歩、9四歩、6六歩、1四歩、5六歩、6四歩、5七銀、7四歩、7八玉。

ダメ子「八次郎の玉がシャチホコ矢倉に籠(こも)る気だよ、籠城されたらやばい阻止しろ」

八次郎「籠城する、こもったら持久戦や」

チョコ「引き籠れ、そして自立支援機関からの公的な救済を待て」


8二飛。

ダメ子「退(ひ)いた」

八次郎「退きやがった」

チョコ「だからなんだ」

ダメ子「八次郎は退かない」

八次郎「僕ちんは退かない」

チョコ「それが将棋だ、退く退かないの問題じゃない、全体のバランスを考えてだな」

ダメ子「腰抜けめ!」

八次郎「恥を知れ!」

チョコ「勝ってからほざけ危険生物ども!」


8八玉、6三銀、7八銀。

八次郎「銀で蓋(ふた)して入城成立」

ダメ子「難攻不落に死角なし」

チョコ「安心しろ城主はヘボだ、すぐに陥落する」


7三桂、6七金上がる、8一飛、2八飛。

八次郎「また退いたで」

ダメ子「ほどほどにしろ」

チョコ「八次郎、お前も退いただろう、どの口が言ってんだ?」

ダメ子「口を慎(つつし)めへなチョコ」

八次郎「慎めば許したる」

チョコ「許しなどいらん、我が道を行く」


5二金、5五歩、2二玉。

ダメ子「部屋から出てきなさいチョコ!引き籠ってはダメ」

八次郎「そうや3三に上がれ」

ダメ子「2四玉!」

チョコ「王手見逃し俺の負けセカンド(2)」


5六銀、4二金右、4六歩、3三桂、9八香。

ダメ子「穴熊だね」

八次郎「穴熊の可能性もあるや否(いな)や」

チョコ「勝手に穴に入れ、駒組みしてる間に攻めつぶす」


3一玉。

ダメ子「1度籠もってまた深く退いた」

八次郎「どんどん殻に閉じこもる気や」

ダメ子「ああ!最悪の未来が見える!」

精神撹乱をチョコは無視した。


4五歩。

八次郎「開戦や」

チョコ「受けてたつ」

ダメ子「そうだ逃げるな受けてたて!」

八次郎「2二玉!」

ダメ子「1三玉!」

チョコ「2四玉!王手見逃し俺の負け、っていい加減にしろ!」


同歩、8六歩、4六歩。

八次郎「むっ、4六に歩が伸びてきたな、胡散臭(うさんくさ)いでこの歩は」

チョコ「ブルーチーズみたいにな」

ダメ子「ドリアン並みの強烈な臭気」

八次郎「くさや」

ダメ子「生ゴミ」

八次郎「粗大ゴミ」

ダメ子「不燃ゴミ」

チョコ「もうやめて、最後の方は匂い関係ないし」


5七金、6五歩、同歩、3九角。

八次郎「なんやこの角打ちは!?」

ダメ子「あれだねチョコ」

チョコ「そうだあれさ」

八次郎「あれってなんや?」

ダメ子「プランB発動」

チョコ「プランD計画を遂行する」

八次郎「?」

ダメ子「プランBだっつってんだろう」

チョコ「何がなんでもD計画を実行に移す」

八次郎「僕ちんはプランC」


5八飛。

5八飛車で金を守るプランC、らしい。

チョコ「そこに振ったらおしまいだよ八次郎」

ダメ子「終わりだ八次郎」

八次郎「終わりなのか!?」


5七角成る。

チョコ「5七角成る!これぞ世紀末の一手!」

ダメ子「世紀末は過ぎた、予言はハズレた」

八次郎「金をとってどうする気や!」

ちなみに予言とはノストラダムスの終末予言。


同飛。

八次郎は恐る恐る成った馬を飛車で射止める。


6五桂、同銀。

チョコ「一撃必中!八次郎絶望の妙手なり!」

ダメ子「行ったれチョコ、小僧に世間の厳しさを教えろ」

八次郎「桂馬や角を捨ててまで何する気や!」

チョコ「プランDを完成させるためだ、犠牲やむなし」

ダメ子「Bだっつってんだろが、なんか拳(こぶし)がうずく」


4七金、6七飛、6六歩、同飛、3七金、4六飛、4五歩、4九飛。

八次郎「うぉぉおお!猛攻や意味のわからん猛攻や」

ダメ子「お子ちゃまにわかるまじ円熟の境地なり」

チョコ「ふっふっふっ、わしをここまで本気にさせたことだけは褒めてやる」

ダメ子「ガキのくせによくやった、家に帰ってポチの小屋で悔し泣きしな」

八次郎「ポチやない、僕ちんの犬はドナルド・小浜(オバマ)って名のセレブ犬や」

ダメ子「ぶちかませチョコ!」

チョコは駒を持って盤に叩きつけた。

チョコ「きょぇえええええ!!」

ビシッ!


8五歩。

八次郎「はい?」

ダメ子は公園を散歩中のチワワを見てつぶやいた。

ダメ子「あっ、セレブ犬」

チョコ「ふっふっふっ、お前の手番だ八次郎」

八次郎「おっさんどうやらやらかしたな」

チョコ「ふっふっふっ」

ダメ子「ふっふっふっ」


3九飛、4七金。

チョコ「追うなよ〜俺の金のタマタマを追わないでくれよぉお」

ダメ子「反撃開始だ八次郎、奴のタマタマを蹴り上げてやれ」


3五歩。

チョコ「するなよぉぉお、桂頭(けいとう)攻めるなんて卑怯者のすることだぞ」

ダメ子「情けは無用」

チョコ「お前が言うな」


2五桂、2九飛、3七桂成る、5六銀、5七金、4五銀。

八次郎「難波(なにわ)の切り込み隊長4五銀!」

ダメ子「それ行けやれ行け金を出せ」

チョコ「貧乏人からかつあげるなよぉお、恐喝は犯罪だぞ」

八次郎「もみ消す打ち消す」

ダメ子「しらを切る」


8六歩、3四銀。

ダメ子「かまわず攻めろ攻め潰せ」

八次郎「おうともよ」


6五桂、2三銀成らず。

ダメ子「過去を振り返ってる暇はないよ、ガンガン行きな」

八次郎「おうともよ!」


2八歩。

ダメ子「あっ」

八次郎「あっ」

チョコ「ブヒッ」

ダメ子「責任とって切腹しろ八次郎」

チョコ「介錯(かいしゃく)いたす」

八次郎「責任取るのはお前だブス!」

ダメ子「なんか言ったかガキんちょ」

チョコ「ダメ子の闘争本能に火がついた、それは数秒後に爆発する」

それは私の役目だ、地(ち)の文を語るな。


6九飛、7七桂成る。

ダメ子「チャンスだ八次郎、豊富な駒でじじいにとどめを刺せ」

チョコ「さすがは横目八段空ダメ子、チャンスを掴むかどうかはお前次第だ八次郎」

八次郎「おのれぇぇえ!」


同桂、8七金。

八次郎「ふっぬォォォオ!」

ダメ子「諦めたらそこでゲームオーバーですよ」

八次郎「どっかで聞いたセリフ言ってんなやコルぁあ!」

チョコ「冷静になれ、奇跡を信じる心に将棋の神は微笑むらしい」

八次郎「らしいってなんだ!曖昧な言い方しやがって」


8九玉。

ダメ子「下がるな弱気になるな」

チョコ「お前はそんな奴じゃない、立ち上がれ八次郎」

八次郎「うるせぇええええ!」

ダメ子「まっ下品な言葉」

チョコ「私はお前をそんな風に育てた覚えはない」

八次郎「うきゃきょきょぽぽぽぽぽ」

八次郎、崩壊。


7八金、同玉。

ダメ子「ここだ!ここしかない!」

八次郎「どこだぁあああ!!?」

チョコ「あそこら辺だ」

八次郎「教えろ!あそこら辺とはどこら辺だ!?」

ダメ子「おっ花壇の上で汚い野良猫が歩いてる」

チョコ「縁起が良いな」

プシュープシューと八次郎の鼻から奇妙な音の息が漏れた。


8七歩成る。7九玉。

ダメ子「往生際が悪いよ八次郎」

チョコ「私はお前をそんな風に育てた覚えはない」

八次郎「2度も言うな、僕ちんの親は社会的成功者だ、お前たちとは違う」

チョコ「負け惜しみも大概(たいがい)にしろ」

ダメ子「負け犬め」


8八と。

まで104手で後手へなチョコの勝ち。

チョコ「よぉぉぉおおし!勝った逆転勝ちぃぃいい!」

盛大に喜ぶチョコに白い目で視線を送る八次郎と、どんな風に痛めつけてやろうかと考えるダメ子。

八次郎「拾った勝ちがそんなに嬉しいかおっさん」

ダメ子「違う、恵んでもらった」

チョコ「勝ちは勝ちだ、これで激指(げきさし)組に5連勝、いやあ気分いいね」

八次郎「次の相手は6級の六郎太(ろくろうた)やろ、おっさんあの三つ子相手に何十連敗したんや」

ダメ子「へなチョコが負けるのは天の定めだ、これからも生まれ変わっても」

チョコ「六郎太には直近で1連勝している、恐るるに足らず」

八次郎「1は1や連勝言うな」

ダメ子「虫に数字はわかるまじ、チョコ、あたしに3連敗してるの覚えてるか」

チョコ「3連勝だ、公文書改竄(かいざん)するんじゃねえ」

近くで蜩(ひぐらし)が鳴き始めた。

八次郎「6級は8級とはものが違う、気合入れてかからんとまた連敗するぞおっさん」

ダメ子「そうだ、あたしにも5連敗してる」

チョコ「連敗の数が増えてる、改竄と水増し、行政処分の対象だな、ところで・・」

ダメ子「なんだ言ってみろ、あたしにパフェをご馳走したいなら聞いてやらんこともない」

八次郎「僕ちんはピザで勘弁してやる」

チョコ「お前たちはどっちが強いんだ?」

急の質問に両者の視線が火花を散らす。

ダメ子「下の毛も生えそろわないお子ちゃまにあたしが負けるとでも?」

八次郎「行き遅れの年増(としま)に僕ちんが負けるわけがない」

ダメ子「おやおや口の減らない坊やだこと、どうやら教育のためにも体罰が必要みたいだね」

八次郎「エリートの僕ちんに体罰を奮ってみろ、クソ教育委員会が黙ってないぞババア」

ダメ子「あたしはまだ20代前半だよ、本当に殴るぞオラ」

八次郎「もうすぐ後半になる、そしてあっという間に三十路(みぞじ)や」

チョコ「あいわかった、双方の不満は後日の対局で晴らすべし、立会人は及ばずながらわたくしチョコが務めますれば、今はお互い矛(ほこ)を納められよ」

ダメ子「やる、必ず小僧を亡き者にしてやる」

八次郎「僕ちんの恐ろしさを知ってトラウマになれ」

チョコ「白熱してきましたな、こうなると六郎太との対局は延期するしかない」

へなチョコは負けるのが嫌で六郎太との対戦日を伸ばすことに成功した。

次話番外編、へなチョコに負けたダメ子・VS・八次郎の底辺対決が幕を開ける。


おまけ全棋譜掲載。

7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、2六飛、2三歩、8七歩、8四歩、6八玉、4四角、同角、同歩、4八銀、4二銀、5八金、4三銀、7七金、4二玉、3六歩、6二銀、3七桂、3一玉、9六歩、9四歩、6六歩、1四歩、5六歩、6四歩、5七銀、7四歩、7八玉、8二飛、8八玉、6三銀、7八銀、7三桂、6七金上がる、8一飛、2八飛、5二金、5五歩、2二玉、5六銀、4二金右、4六歩、3三桂、9八香、3一玉、4五歩、同歩、8六歩、4六歩、5七金、6五歩、同歩、3九角、5八飛、5七角成る、同飛、6五桂、同銀、4七金、6七飛、6六歩、同飛、3七金、4六飛、4五歩、4九飛、8五歩、3九飛、4七金、3五歩、2五桂、2九飛、3七桂成る、5六銀、5七金、4五銀、8六歩、3四銀、6五桂、2三銀成らず、2八歩、6九飛、7七桂成る、同桂、8七金、8九玉、7八金、同玉、8七歩成る、7九玉、8八と。まで104手で後手の勝ち。




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