フライヤーマン(6)

夏の午前中、リサイクルショップ前でぶらぶらする出勤途中のアチョ。

絵柄が変わんねえな、いいかげん動け。

「中古のキャンディーボックスって危なくないか」

大阪は飴ちゃんの聖地、中年熟女の必需品。

「しかも5千円だって、量は多いが高すぎる」

中にはビー玉も混ざってる、美味しいぞ。

「飴味?飴の味ってなんだよ適当だな」

滅多に出会えない、お前は幸せ。

「この駄菓子メーカーはやばい」

やばくない、5千円を払ってメーカーに貢献しろ。

「貢献する理由がわからんし、俺は45円しかない」

だったら負けてもらえ。

「99パーセントオフなどあり得ん」

激安スーパーなら普通にある、行け強気の値段交渉だ。

「何を根拠に強気でいられる、付き合ってられるか」

店主がアチョに話しかけてきた。

「えっ?タダで持って帰れ」

ほらみろ言った通り強気で交渉した結果だ。

「食いもんのしかも中古のタダは怖すぎる」

胃を鍛えれば全然いける、お前は竹を生で食える男。

「竹の子ならなんとか食えるが、竹はパンダでなきゃ食えん」

貴様も雑食性だろ、このまえ石を食ってるのをちょこっと見た。

「石なんか食ったことないぞ」

食ったボリボリ貪(むさぼ)ってた、人類の進化はお前から始まる。

「フェイクニュースだ」

世界メディアの報道だ、飲み屋街の確かな情報。

「酒飲みの戯れ言に惑わされるかよ」

カ◯ネルサンダ◯スの人形を抱いて叫んでたオヤジの言う事は信用できる。

「道頓堀川に人形を突き落とす奴らの言う事を信用するな!」

引き上げたから大丈夫、少しくすんでた。

「引き上げたとかくすんでたとか、俺って何を話してたんだっけ?」

ノーベル科学賞について。

「そうだったリチウムイオン電池の受賞おめでとうございます・・・あれ?」


リサイクルショップで押し付けられたキャンディーボックスを、テナントビルのゴミ捨て場にこっそり置いて、ようやく移動を開始。

買わないショッピングで300年ほど時を消費したな、偉いぞ非効率の鑑(かがみ)だね。

「数十分の遅れなどすぐに取り戻す」

300年だぞ、何度も死んで生まれ変わった事に気づいてないようだ。

定食屋からカレーの匂いが換気扇を通して流れてきた。

「これはカレーうどんだ」

店に食らいつけガウガウ唸(うな)りながら。

「これはカツカレーだ」

うどんじゃねえのかよ。

「カレー丼」

店舗前で匂いだけ嗅いでろ、2時間で満腹になる予定だ。

「この匂いはたまらん!」

店に突入だ、さんざん食って飲んでからカウンターに即金45円を叩きつけろ。

「45円だと食い逃げ犯だな」

体育会系巡査が急行してくれるぞ、3度目の正直だね。

「もう警察沙汰はごめん被る」

リベンジマッチを忘れたか!

「なんだか危うい方向へと誘導されてるような・・」

深く考えるな!感じろ!巡査との再会を恐れるな。

「感じる感じるぞ、DNAに染み込んだミトコンドリアの血が騒ぐ、逃げろ今すぐに!」

ポンコツの第6感を信頼するな、お前は思考も本能も捨てて巡査に身を委ねろ、精神の開拓地を切り開けるべし。

「ミニパトがサイレン鳴らしてやってきた!食い逃げもしてないのになぜだ!?」

した、匂いを食い逃げした、無銭飲食で俺が通報しといた。

「おのれおのれおのれ!簡単に捕まってたまるか!行け俺の相棒『無根性1号』」

アチョの相棒原付バイクの『必ずエンスト3号』が走り出す。

「はぁぁぁあ!エンスト」

相棒はぷすぷすマフラーから情けない音をたててエンジン停止。

「止まるな動けこの怠け者め!」

今まで幾度も相棒を見捨てたツケが回ってきたな、観念しろ。

ミニパトから上腕二頭筋をむき出しにした体育会系巡査が降りてくる。首と肩を回して準備運動、さあアチョよ今度こそ返り討ちだ。

ドブネズミを仕留めるごとくゆっくり一歩一歩巡査は前進、アチョも諦めたか原付から降りて振り返る。

「お前にとって最後の敵が俺になる、むしろ栄誉ってもんだ」

いい感じだアチョ、指をポキポキ鳴らして一歩また一歩と後ずさる。

「肉食獣で喩(たと)えると俺は獅子だ、百獣の王」

そうだお前は百獣の王、そして相手はギリシャ神話の巨人サイクロプス、ひと踏みにしてやれ。

だんだん足早くなる巡査、獲物を狩る目だね。

必死に後退するアチョ、か弱いドブネズミの瞳だ。

「義務教育で体育の時間に柔道を習ったことのある達人が俺だ」

よく言った、達人のお前に大阪府警柔道大会で優勝した巡査など背負い投げ一本で滅殺。

「剣道漫画をしっかり熟読した俺様に敵うと思うか?」

思わない!

剣道4段のヒゲ面巡査に剣客とは何かをみっちり教えてあげろ。

「はれれ?行き止まり」

よ〜し巡査の野郎もう逃げ場はないぞ、クチャクチャにしてやる。

袋小路のアチョは壁に背中をつけた。

「ここはやはり金がモノを言う、いくら欲しい言ってみろ」

45円の札束でほっぺたをひっぱたけ!

巡査は天使の微笑みで弱者に両手を広げた。お金なんていらない、ただ愛が欲しいだけ、そんな表情だ。

「ごめんね、僕はノーマルなんだ、君の期待には答えられないの」

首を振る巡査の瞳が悲しげだ、いいの期待に答えなくていいのよ、私は抑えの効かない無償の愛を全力であなたにぶつけるだけよ、巡査は目でそう訴えかけた。

「ふう、これだけは使いたくなかったが、致し方なし」

アスファルトの上で左右にフットワークを刻むアチョ、フェイントを仕掛けて右ストレートを巡査の顔面に叩き込む。

「うきょ!?」

巡査の節くれた手のひらにアチョの拳は吸い込まれ、ニタリと笑う最強警察官。

「ならば左フック!!」

角度をつけたヒヨ子並みのパンチが愛深き巡査の右頬に食い込んだ、かのように見えたが、アチョの手首をつかまれ万事休す、両手をふさがれた。

「僕には近所で見かけるだけのノラ猫がいるんだ、そいつのためにも生きて帰らないと」

見かけるだけのノラ猫はお前のことを1秒で忘れた、もう思い残すこともないな。

アチョの両手を胸板で包むように巡査はじっくりと地面に押し倒す。

「ぎゃおう!許して堪忍(かんにん)え!」

巡査の肉厚な唇には薄い紅色のリップクリームがほのかなテカリを見せた。

そして・・・

長い長いフェイストゥフェイスの花びらが舞った。

巡査は愛の何たるかを身をもって実践した事に充実感を得て、また市民の安全を守る職務へと戻っていく。

後には・・・

生気を吸い尽くされた貧弱な抜け殻だけが道路上に転がっている。


つづく…

「ふんぎゃらばば!」

じゅうぶん眠れたか?

「また夢を見た」

どんな夢だ。

「本物のゴリラが俺様にケンカを売ってきた」

ゴリラか、スーパーパワーだったろう。

「ああ、さすがに力では敵わなかった」

再挑戦だな。

「おう、当たりまえだ、絶対次はねじ伏せてやる」

わかった、お膳立ては俺が整えよう、ぞんぶんに鍛錬するんだぞ。

「待ってろゴリラめ!俺のグリーンベレー仕込みの体術をお見舞いしてやる!」

アチョの再トライが内定した。




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