フライヤーマン(5)
ゴリゴリの体育会系巡査から解放されたアチョは、まだリサイクルショップを見つめていた。お前は人類が死滅するまで仕事をしない気だな。
「あの花瓶は燃えないゴミの日にかすめ取った物だ、俺にはわかる」
燃えないゴミを漁くるお前にはわかるよな。
「なかなかの一品、おそらく俺の見立てではドイツのブランドメーカー『ロ◯ゼンタ◯ル』の最高級品」
まさしくあれは近所のおっさんが趣味の陶芸教室で制作した、ローゼ◯タールの物に間違いない。
「色艶が違う」
4000万で売ってやる。
「時代に迎合しないスタイリッシュな造りは称賛に値する」
1億でどうだ?
「値段はいくらだ?」
アチョは路肩にバイクを止めて店頭の花瓶に近づいた。
買わないくせにジロジロ見てんじゃない、営業妨害だ。
「250円だって、店主に見る目がないとブランドも泣いている」
ネットオークションで売れば25円になるぞ、0が1個減ってスッキリした。
「おや?」
なんだよ文句あんのか?
「これはひょっとして柿右衛門では?」
柿右衛門はドギツい黒で有名。
「柿右衛門はその名の通り柿色で著名な陶芸家だ」
真っ黒けっけ。
「陶器好きなら誰でも知っている」
お前が間違っている、黒だ、偽情報たれ流してんじゃねえ。
「バカには何を言っても通じない」
バカって言う奴がバカ。
「バカはお前だ」
アホカスまぬけ。
「常識を疑う事と破壊する事はまったく違う」
その通りだ、俺が悪かった心の底から反省する。
「だから柿右衛門は」
黒で有名だ。
「・・・・・」
黒。
「・・・・・・・・・・」
ブラックっす。
「ウボボボボボ!(全身で怒り狂う図)」
黒なのだ。
「世の中にはクレイジーな奴が多い」
真夏の酷暑日に買いもしない古物を物色して仕事をサボる、貴様の方がクレイジー。
「どれどれ他には何があるかな」
柿右衛門は暗黒色で超有名。
「蒸し返すな、殴るぞ」
殴り返す蹴り飛ばす。
何かの声に恐れをなしたアチョは掛け軸の墨跡に意識を移す。
「良い字だ」
一球入魂・3年B組・金パチモン先生って書いてある。
「現代女性書道家『紫◯』さんの字だと確信した」
だから金パチモンって書いてあるってんだろが、この無能鑑定士め。
「麗しい流れの中にも芯の強さを感じる名品だ」
そだね、あなたに認められて◯舟さんも大変光栄だろう、ついでに重要文化財に認定してやれ。
「これはさぞかし値の張る品だろう、なになに、むひょ!3万!?安いではないか」
詐欺師の店だな。
「買うか買わないか悩みどころ」
とうぜん買いだ、大書跡家の掘り出し物だぞ、これを逃すと2度と手に入らない。
「財布と相談しよう」
財布の中身を確かめると。
45円入ってた。
大金だな。
「現金は持ち歩かない主義だった」
サラ金に借金してでも手に入れろ、ネットオークションに出品すれば1000万にはなる。
「45円で差し押さえる」
生温い、闇金に金を無心した方が確実だ。
「しかし45円は今日の食費だから使えない」
45円でなに食う気だ、石か?
「あああぁあ!誰か俺に金をくれ」
黒塗りベンツの中に優しそうな組長がいる、あの人に金をせがめ。
「だからと言って反社会的勢力との金銭授受は許されないし」
根性ねえなテメエ、法の裁きがそれほど恐ろしいか?
「俺だってお上(かみ)に楯突くには勇気がいる」
大丈夫、俺だけは黙っててやる。
「天は俺の所業をしっかりと見ているぞ」
お上も天も貴様を見放した、これからは何も信じず自力だけを頼れ。
さあ勇気を出してあのトカレフを握った組長に金を要求しろ。
「撃たれる」
皮と骨の防弾チョッキを着てるから平気。
「弾丸が俺の体を貫通するぞ」
皮と骨が跳ね返すので安心。
「皮と骨に防弾機能は無い」
ある、科学的検証の結果だ。
「俺の命もここまでか」
皮と骨は拾ってやる。
「科学的検証はどうした?」
あの世で昔し飼ってたコオロギが待ってるぞ。
「コオロギなど飼った事がない」
うんじゃあティラノサウルス。
「絶滅した」
シロナガスクジラ。
「捕鯨禁止、それにデカすぎる」
ウィルス。
「小さすぎる、舐めてんのか?」
未知の生物。
「とうとうそこまで来たか」
無生物。
「逆に興味が湧く」
2次元。
「俺は次元を超えた」
次元を超越したアチョはリサイクルショップにまだいるよ、今度は電気自転車を眺めている。
「電気自転車も進化した」
特にサドルの部分が。
「昔しはバッテリー走行距離が短かったと聞く」
今は充電しないでバッテリーをつけたまま走行するのがトレンド、山道を登り下りする事をお勧めする。ロードレーサー並みの筋肉をつけろ。
「中古のバッテリーは寿命が不安」
フル充電で3回乗れる。寿命が切れたらバッテリー装着自転車で重量走行可能。
「雨で濡れても電気端子は痛まないらしいが、用心のためにカバーを付けよう」
本体価格3万4千円だってさ、キャッシュでお支払い。
「45円しかない」
そこら辺は曖昧でいい。
「曖昧で済むか、警察呼ばれる」
上等だ、やって見ろって言ってやれ。
「それ以前に店主の目つきが悪い、極道的だ」
顔の醜悪さならお前は無敵、勝負の時。
「殴られる」
好きなだけ殴らせてやれ。
「見返りは?」
去勢済み巡査に通報、運命の再会で熱烈キッス。
「ヒゲ面のキッスはノーサンキュウ」
店主も加勢してお前は押し倒され、上から巡査の熱い接吻(せっぷん)。
「逃げる、なんとしてでも」
巡査のマウントポジションが完全に決まる、お前は逃げれない。さすがは体育会系。
「誰か!誰か助けてぇぇえ!!」
巡査の肉厚な唇が接近。
「ぎょぎょぎょぎょ!嫌だ嫌だ」
嫌よ嫌よも好きのうち、照れるんじゃないよこの。
「ムギョ・・・・」
旅だったか・・・
お前のことは忘れない。
永遠(とわ)の愛と共に逝く。
アーメン。
つづく…
巡査は満足して帰っていった。
ショップ外の歩道に捨て置かれたアチョが目を覚ます。
「ぉぉおおお!?」
お目覚めかい。
「夢を見た、毛深いマッチョと格闘する夢だ」
相手は手強(てごわ)かったろう。
「強い奴は強すぎた」
リベンジマッチだな。
「おうとも、必ず次は勝つ」
またすぐに呼んでやるから、それまで体を鍛えて待つがいい。
「次は負けん!」
この後(のち)、アチョと巡査のドリームマッチが幾度となく繰り返された。
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