フライヤーマン(2)

雲は1つ2つの青空だがとっても蒸し蒸しする大阪郊外の夏。関西弁が嫌いなアチョが今日もアニメや漫画で習得した関東弁でブツブツうるさい。

「最近はハイブリッドや電気自動車の普及でガソリンスタンドもめっきり減った」

貴様の食料備蓄もめっきり減ったな、確か米櫃(こめびつ)に一合とひと粒。

「ややフェラーリだ」

ミニカーか?

「すげえゴキブリ並みのローボディ」

フェラーリの最新車種812スーパーファストが、場違いにもアチョの横に滑り込んできた。

「真っ赤っか」

真っ黒けっけじゃ本当にゴキちゃんだろ、スポーツカーは黒以外の原色が基本。そうでないと本人の思惑はともかく一般人から黒ゴキブリと揶揄される。

「ケッ、住宅街で騒音まき散らしやがって近隣住民の迷惑など意に介せずってか」

爆音はマフラーの種類にもよる、そもそもおとなしい奴が運転する乗りもんじゃない、必要以上に自己主張の強いドライバーがほとんど。音もそれに比例してカスタマイズ。

「燃費は俺の相棒『無根性1号』の方が良い」

燃費気にする貧乏人は購入しない、地球に優しいエコロジーでお前の相棒『無努力3号』の方が上だ。

「無根性1号だね」

へぇ。

「……」

フェラーリのドア『ガルウィング』が上にスライドし、中から革ジャンサングラスの男がのっそりと降りてきた。カードケースから明らかに一般人が携帯しない色のカードをリーダーに通す。

「ハイオク入れてやがる、そんだけ小金持ち吹かしてんならキャッシュレスで行けよ、中途半端に仰々しいグラサンだ」

割引きカードすら持ってない現金オンリーの貴様が言うな。

「助手席にパツ金(金髪)姉ちゃんが」

運転席の横に毛並みの美しいブロンドガール、スモーク系のグラサンをズラしてアチョにウィンクした。

「なんだそりゃ」

突然のアプローチにアチョは普通に怪訝(けげん)な顔、美女の誘惑より即席メンの方が好みの男だ、ブロンドガールのハニートラップ失敗。

しかし連れの革ジャン男は違った、猛烈に激怒する。ブロンドガールと口論を始め、女性が逆のガルウィングを開閉して離れていく。その後ろ姿を未練タラタラで見送る男が次に標的にするのは。

「この展開は」

男はグラサンを地面に投げ捨て、踏みつけ凄みを見せた。顔面の青筋と怒る肩幅は確実に歴戦の猛者、きっとアチョは紙袋のようにぐちゃぐちゃにされる。

そう期待したが相棒のバイクを放置してとっくに逃走を始めていた。

グラサン男はブロンドガールに続いて怒りの吐け口も喪失、くやしがってフェラーリを蹴とばそうとしたが思いとどまり、アチョの相棒『無慈悲23号』にローキック。

原付バイクが悲鳴をあげたかどうかは読む人の感性にゆだねます。


民家の壁際でこっそりバイクが蹴飛ばされるのを確認したアチョが、フェラーリ男の存在が消えるのを待って戻ってくる。

「許せ相棒」

ガソリンを飲めば許す。

「でもどうやら傷は浅いようだ」

軽油も飲め。

「さあ出発だ、嫌なことはさっさと忘れよう」

忘れて欲しければ灯油も飲め。

「あのグラサンめ、今度あった時はゲームキャラ『ビカブチュウ!』をラッピング塗装だ、スポーツカーのメンツ丸潰れ」

貴様は相棒からの信用が丸潰れだな。

「あんな車に限って見た目ほど早くない」

800馬力の12気筒エンジン、最高時速340キロだ。お前の相棒『ポンコツ4世』を地球3周半置き去りにできる。

「無根性1号だ、どいつもこいつもぶっ飛ばしてやる!」


やっとこさガソリンスタンドを出立したゴミクズ男は、予定の給油時間を超過して市道(しどう)に戻った。毎度のことながらコイツの仕事始めはトロい、ワザとハプニングを起こしてサボるグチる遠回りする。

当たり前だが今日分のチラシはまだ一枚も配っていない、リュックサックの中に1001枚まるまる残る。ちなみに1枚は俺からの利子だ。

年季の入ったバイクの鬼気迫るエンジン音とともにおっさんの両サイドビュー(景色)が変化、コンビニ1、2、3…いくらでもある、ドラッグストアにリサイクルショップ、寿司屋、そば屋、定食屋、コケコッコーフライドチキン、またコンビニ。

「電信柱に幼稚園、歯医者に眼医者に町医者ゴロゴロ、箱庭みたいな校庭の小学校」

児童数減少で箱庭でもじゅうぶん遊べる、ほら見ろ男の子が男の子の尻をムチで叩いて微笑ましい光景。

「あれは新種のイジメだな、しゃあない正義の味方『俺様キング』が救いの手を差し伸べる」

バイクでフェンス越しに話しかけた。

「これこれ少年やムチで叩くのは大人になってからの趣味にしなさい、君にはまだ早いよ」

尻を叩いていた少年が鋭い目つきでにらんでくる、尻を叩かれてた少年は快楽の世界を夢見ていた。

アチョやこの少年達にとってお前は邪魔だったんだ、余計なことをしたな。

「なんだその目は、どうやら教育的指導が必要なようだ」

バイクを降りて指をポキポキ鳴らすアチョ、もちろんハッタリ。

見せかけの強気を見抜いたムチ少年が内塀を乗り越え、フェンスの下をくぐり抜けた。しなるムチがハッタリオヤジを捕える、前にアチョの背中は遠くの彼方へと過ぎてゆく。

少年は残されたバイクをムチでしごいた。

哀れ『スクラップ太郎』はまたも主人に見捨てられる。


数分後、現場に帰還したスクラップ太郎の持ち主は、小学生の姿にビビりながらエンジン始動。こそこそ逃げ出した。

「ガキのくせにとんでもない性癖に目覚めやがって、前世はきっと牛馬に決まってる」

安全を確保した後の憎まれ口は健在、これがこのオヤジの生きる糧(かて)だ。

「よし決めた文部科学省に入省して教育改革に挑む」

逃げ足のなんたるかを教えてやれ。

「まずは文部大臣を籠絡(ろうらく)する」

だな。

「そして俺の給食費だけタダにしてもらう」

その政策いただきました。

「週休6日制を実行する」

キャリア官僚が目指す理想像がここに。

「1+1=2だ」

3や4じゃないんですね。

「小学校低学年からフェルマーの定理を習学させる」

社会に出てこれほど役に立つ学問は存在しない!

「3一2=1なのだよチミ(君)」

パーフェクト!!

「鬼ごっこは禁止」

イエス・マイ・ティーチャー。

「校内プールでの遊泳も禁止する」

防火用のため池として利用できます。

「プールの水はボウフラが湧くから全部ぬく」

やったぜ無用の穴ボコが完成した。

「近所の見守り隊をボランティアから警察官の天下り先、警備会社に変更」

税金の無駄づかいは官僚の特権でさあ!

「子供達の安全第1」

だったら警察OBか現役警察官で見守れよ、ガードマンの大半が後期高齢者でボランティアの年齢層とまったく変わらん、しかもなんの権限もなく武道経験者もほぼ皆無だ。狂人に襲われたらひとたまりもない。

「護身術の代わりにスタンガンを全校生徒に常備させる」

せめて防犯ベルと携帯電話だけにしろ、子供に持たせるには危険すぎる。全校生徒で電気ショック遊びが流行したら責任とれるのか貴様。

「スタンガンの納入は俺を通してもらう」

リベートを受け取るつもりだな。

「いつもニコニコ現金払い」

いい顔で笑ってるねえ。

「俺は教育の未来を切に思う」

あいわかった、公安警察に貴様の善行をよろしく伝えておく。

「ボーイズビーアンビシャス!!」

訳・少年よ大志を抱け

だそうだ。


つづく。

「ウォーターボーイズ!!」

プールの水はカラだ。










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