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1年の折り返しの日に思うこと

こんにちは、moikoです。

今日は1年の折り返しの日だそうです。noteの創作カレンダーに載っていました。

毎年6月を過ぎると誰かしらが「ああ、今年も残り半年しかないのか。早いなぁ」と言っている気がします。それを聞くたびに、なぜ毎年同じことを言ってしまうのかなぁと思ってしまいます。

子供の頃は、今が何年だとか、もう何月だとか、全然気にしていなかったんだろうな。年月に対して意識するのは、夏休みとか冬休み、花火大会とかクリスマスとかお正月とかのイベント時だけだったような気がします。

私は小学生の時は、早く卒業したくてたまりませんでした。6年間の小学校に飽きていたのです。同じ場所、同じ通学路、同じ顔触れ…。1年がものすごく長いなと思っていた記憶があります。

なのに、大人になってからの1年はなぜにもこんなに早く感じるのでしょうか。私なりの答えは、「感動が少ないから」です。大人になると新しく経験することはグンと減って、毎日がルーティン化されていくからなんだと思います。同じ会社、同じ通勤路、同じ顔触れ…。あれ、これって小学校の時と同じ状況なのでは?と今気づきました。

来週職場で全体打ち合わせがあるのですが、うちの学校が20年目だと書いてありました。私は、開校して間もなく働き始めたのですが、自分がいつからここで働いているんだろう…と考えて、ちょっとぞっとしました。そんなに年月が過ぎていたのか、と。

今年の過ぎた半年を振り返ると、たくさん変化があったなと思います。

その中でも、このnoteを始めたことが一番の変化です。自分がこんなに毎日のように書くことを習慣とすることができているなんて、未だに信じられません。そして、私が書いた物を読んでくれる人がいて、リアクションももらえているなんて、もっと信じられません。

noteを続けていて、自分と同じような環境の人も、そうでない人も、共感してくれたり、意見を言ってくれたりした時、他の人のnoteを読んだ時、自分が考えていることは変なことではないし、私は世界に1人ではないんだなと感じます。だから、これからももっと色々な人と繋がれたら幸せです。

それから、去年と比べてなかなか勉強したいことに取り組めなかったりしたけど、今少しずつ始められているので下半期で実りに繋がったら良いなと思っています。同時に仕事の問題も解決したら嬉しいな、とも。

何かを始める時って、ふっと何かが降りて来るというか、背中を押されるというか、そんな感じがしませんか?自然と「やってみよう」と思える、というか。やりたいことがモヤモヤしている時も、そんな風に背中を押されるのを待っているところがあります。そうやって自然に始められたことが長続きするのではないでしょうか。

私の経験上、無理に始めたことはあまり長続きしない気がします。でも、無理に始めても良いと思うんです。やりたい気持ちが一番大切なことで、どんな経験も絶対に無駄になりませんよね。

これからの下半期も、新しいことでも、慣れ親しんだ古いことでも、色々経験して子供のように感動を増やしていけたらいいなと思っています。

みなさんは、どんな上半期でしたか?
どんな下半期にしていきたいですか?

読んでいただいてありがとうございます。
あなたは私の感動の応援団です。


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