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今夜は、ギラリと光る刀に斬られにゆく。


エヘヘと笑って手を振る。
くるりと方向転換して友人に背を向けた途端に、私の口角は下がり、頬の盛り上がりは平らになり、眼光は鋭くなる。瞬時に真顔になる。

駅に向かって歩きながら考える。
心の中には不透明なモヤモヤとした重苦しさが立ち込めている。分かってるよ。そこにあるのを知ってる。でも、そっちは見ない。いつも気持ちに蓋をして生きている。感じない方が、楽なのだ。毎日毎日の雑多で瑣末なことがらにまみれて流されていく方が、楽なのだ。

季節は、初秋。日一日と空気に透明感が増していく。陽光もずいぶんとやわらいでいる。公園の小道を歩く私は、まるで気持ちよくギャロップしている仔馬のように見えることだろう。なにしろ、そういう風に演じているから。無意識に。

でも実際は、歩いていることを楽しんでいるのでも、ウォーキングとして程良く運動しているわけでも、ない。駅へと向かう最短だと判定したルートを通って足早に歩いているに過ぎない。

コツコツコツコツ。

足元しか見えていない。

そこに、「侍」の曲が流れ出す。
iPhoneのAIが、シャッフルで私の耳に流し込んできた歌声。


思考停止。


私の頭の中に厳重にプロテクトしている小さな部屋がある。そこには、柔らかくてふにゃふにゃしたfragileこわれものがしまってある。
大切にしていたのに失った物。動けなかったせいで未来永劫巡ってこない機会。言わなければいいのに、はなってしまった言葉の矢。もう二度と会えない人の面影。

部屋の扉が開いてしまった。



♪♪♪


「侍」の歌う曲に困っている。
私の鋼鉄の扉を簡単にぶった斬ってしまう曲は、パターンが決まっている。「侍」が喉から血が出そうな声で歌う曲である。「侍」が命を削って渾身の歌唱をする曲である。男性なのか女性なのかは関係ない。私は、容易に斬られてしまうのだ。若かりし頃、音楽を志す人が恋人だったからかもしれない。
心の準備をしていない時に、そんな曲が耳に入ってくると虚をつかれてしまう。


雨宿りするくらいなら
晴れてる街に駆けてゆくさ
Forever Young  あの頃の君に有って
Forever Young  今の君に無いものなんてないさ
『Forever Young』竹原ピストル


あなたのような人が生まれた 世界を少し好きになったよ
あなたのような人が生きてる 世界に少し期待するよ
『僕が死のうと思ったのは』amazarashi

はじめと終わり 死ぬも生きるも
背中合わせで 追いかけ追われて 離れないの
『夜明けの唄』T字路s


短い 短い 短い夢を 朝が来れば幻と化す夢を
後先もなくかき集めてしまう 馬鹿な僕らでいようぜ
『音楽のすゝめ』日食なつこ


「もう!これだから侍ってやつは」
このような凝縮された気持ちをぶつけられて、平常心でいられるわけがない。

プロテクトして部屋に閉じ込めているfragileこわれものは、いつもは見ないようにしている私の本当のほんとの部分である。それらが脳裏にさざなみのように押し寄せてきてしまう。ああ、しんどい。


♪♪♪


だがしかし!
私は、今夜は、自分の本当のほんとの部分を見てみようと思っている。それらのfragileこわれものを持ち主である自分くらいは見尽くしておこうと思っている。プロテクトされた扉を、敢えて侍たちの魂の曲によってぶった斬ってしまえば良いのだ。脳汁がジャっと出て、そこに倒れ伏してしまうしかないけれど。

「侍」が歌い上げる楽曲は、命を燃やして命を削って作られている。
私も。
燃えたい。

この夏、noteの尊敬する先輩が亡くなった。その方は常々、「ささやかだけどありふれていて、でもそれがなければ自分の人生じゃないって感じるもの」を大事にしようと伝えてくださっていた。本当の言葉を使うことの大切さも。

自分の中のほんとの本当を、言葉にしていきたい。
だから、今夜はギラリと光る刀に斬られにゆく。

本当は怖い。

本当ってなんだ。

そこに向かっていく。

今夜は、ギラリと光る刀に斬られにゆこう。
脳汁をジャっと出して倒れ臥してしまおう。




ハトちゃん(娘)と一緒にアイス食べます🍨 それがまた書く原動力に繋がると思います。