私がファンになった最大級の才能 追悼・バート・バカラックさん

ああっ、ついにこの日が来てしまった……。20世紀が生んだ音楽における最大級の才能のひとり、バート・バカラック御大が先週、94歳で天国に召されてしまいました。

思えば、小学校3年生時分。禁足地であった父親の仕事&オーディオ部屋に侵入し、1967年リリースの『リーチ・アウト』というアルバムの1曲目に針を落としたときからワタクシのバカラック沼住人は決定したのです。
このアルバム、何でも、知り合いの作曲家が(確か、合唱曲『チコタン』の作曲家、南安雄さんだった、と強い記憶がある)「これ、湯山昭さんに凄く作風が似ている」ということで送ってくれたという話を、父が夕食の時にしていましたね。確かに!! 他の作曲家、それもポップス系についてはほとんど褒めたことがない父が、バカラックには激賞していた。

『雨にぬれても』の冒頭の5小節目。「ソ・ソソラソファミ・ミファレドまでは普通。だけどその後にシ、と7度飛ぶんだよね。この展開はあまり考えられない。非凡で物凄くカッコいい」と言っていたものでした。

「音楽が人生に侵入する」とはこのことで、リーチアウト以降、ドッジボールやチャリンコ暴走族に血道を上げているコドモの頭の中は、同時にギロとストリングスがまるで計算された家具の配置のように留め置かれる「The Look Of Love」のクールネスが同座していくわけです。
この甘美で堪能な音世界が、母親のドレッサーに置いてある香水や、友だちの望月葉子ちゃんのお母さんの青いアイシャドウや(当時の母親では大変に珍しかった)、叔父が乗り回していたモトクロスバイクの美しいフォルムのセンスにも通じていく。これは私だけではなくて、渋谷系にまで通暁する共感覚だと思います。

ワタクシは性分として、ミーハーとファン、推シというものが全くないのですが、バカラックに関してはそうとも言えず、90年代のフリー編集者・ライター時代にカルチャー雑誌の『SWITCH』のコントリビュートエディターになったのも、実は「バカラックに会うぞ」という下心あり、でした。

その機会は案外早くやってきて、彼の音楽を大フューチャーした映画『オースティン・パワーズ』にかこつけて、彼をロサンゼルス現地に取材する事が叶ったのです。写真家の大森克己さんと、日本におけるバカラック・エヴァンジリスタ坂口修さん、インタビュアーにこれまた大バカラックファン、Swan Diveのビル・ディメイン、そしてコーディネイター(つーか、お手伝い)に、日本ポップスの北米喧伝担当大臣であるデビット・ポナックという最強メンツで、御大のロングインタビューが実現しました。
指定されたホテルのロビーは、ゴージャスかつ重厚で、LAのダークサイド、ユダヤ系資本家が商談に使っていそうなムード。やってきた御大はテニス帰りの美中年で、会ったなり私のネックレスを褒めてくれ、胸元にスーッと指を走らせた! というのっけからのセンシュアルな接近遭遇に、官能のあまり腰を抜かしましたよ!
さて、インタビューを通じての印象は、申し訳ないが、やすきよ漫才のやっさんに似ている! 割と早口で、あの紗がかかったボイスはそのままなのですが、ロジカルかつスピーディー、せっかちなのが見てとれる。
実はワタクシの体験上「ソフトサウンドを創る人は、マッチョで中小企業社長系のリキリキした人が多い」という印象があるのですが、まさにそれ。小説家では、太宰治や吉行淳之介のように見た目が作品を象徴するケースが多いのですが、残念ながら、作曲家はそのイメージを裏切ることが多いのです。ドビュッシーやモーツァルトとか、我が父、湯山昭も!
その後、音楽都市ロスアンジェルスならではの、あの広大なスタジオでのリハーサルを見学させてもらったのですが、それはまるで私ひとりの演奏会のようで、「このまま、この音の渦の中で死んでしまいたい」ほどの極上体験でした。
このとき、奥さんも来ていて、御大のスキーのコーチだったという彼女は、長身でスレンダー。金髪の男顔タイプで、最初の奥さんのアンジー・ディッキンソンそっくり。2番目のキャロル・ベイヤー・セイガーもそういうタイプだったし、日本で言うならば、風吹ジュンというわけで、残念ながら全くワタクシと真逆(と、こういう想像をしてしまうところが、ファンの証左)。

毎回、来日公演は「全部行く」という感じで通い詰め、坂本龍一さん、野宮真貴さん、菊地成孔さん、岩井俊二、横森美奈子さんをお誘いしたなぁ。
来日するたびに「これが最後」と覚悟していましたが、とうとうその日がやってきちゃった。今、DOMMUNEと話していて、爆クラ特別編でバカラック追悼を企画中。心あるみなさんにお声がけすると思うのでよろしくお願いします。
して、映像はMy favorite の『Wives And Lovers』。別格に甘美なオーケストレーションと三拍子の粋。


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