お笑いの難しさと、過去を切り出す怖さ | 小林賢太郎さんの解任で思ったこと
東京オリンピック・パラリンピックの開閉会式のディレクターを務める小林賢太郎さんが、開会式前日に解任された。
過去のコントで「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」と発言したことが原因だ。
小林さんはコントユニット『ラーメンズ』で数々のコントを披露していたが、昨年11月に芸能活動から引退。
ラーメンズは、公演チケットが即日完売するほど人気だった。年代によっては「千葉!滋賀!佐賀!」のフレーズを聞いた人もいるかもしれない。
私はラーメンズを好きなファンの一人だ。
ファンになったのは、忘れもしないNHK『爆笑オンエアバトル(通称:オンバト)』の1回目。『現代片桐概論』を見て、その衝撃的なコントに度肝を抜かれ、すぐさま心を奪われた。
ラーメンズは、オンバトに度々出場。独特でどの芸人とも違うネタ。衝撃で、知的で、少し毒もあって、面白くて、ハマりにハマった。録画したVHSを弟と何度も何度も見た。虜だった。
今回の件に関し、わずかながらTwitterやnoteで意見を目にした。
(全部を確認するのは困難。)
この件はただ「良い」「悪い」で区別するのは難しいように思う。オリンピック開催以降も、いろいろと考え込んでしまった。
どうも考えがまとまらないため、私が思ったこと・感じたことをそのまま残すためにこれを書いている。乱文で大変申し訳ないが、執筆に時間がかかり過ぎているため載せることにした。
※もしコメントをいただいても返信できない可能性があること、何卒ご了承ください。
問題になった頃、思ったこと
ラーメンズのファンということを抜きにしても、23年前のコントのセリフを引っ張り出すのはどうかと思った。
なぜラーメンズ公式YouTubeにもない、VHS収録のコントをわざわざ引っ張り出したのか。
(「VHSか録画か会場でしか知り得ないコントを知ってるなんて、むしろファンなのか?」とも思った。しかし、もしファンならYouTubeの収益を寄付していることも知ってるはず…と思い、ファン説は即座に否定した。)
あのコントの切り取り方も、指摘するタイミングも良くない。正直、発端のツイートには悪意を感じた。
発端のツイートに “「ユダヤ人大量虐殺ごっこをやろう」と…” と書いている。
実際は「ユダヤ人大量惨殺ごっこをやろうって言った時のな」。ごっこをするのがコントの軸ではない。
ざっくり言えば、あのコントの前半は【こんな子供向け番組は嫌だ】を繰り広げている。ユダヤ人大量惨殺=悪いこと、の前提を知らないと笑えない。
“ホロコーストを揶揄(やゆ)” と書かれているものもあった。
揶揄とは「からかうこと」。揶揄は語弊がある。ホロコーストそのものを揶揄してはいないし、被害者の方々を笑ってもいない。
あくまでも
「ユダヤ人大量惨殺ごっこをやろうって言った時のな」→「放送できるか!」と怒られた
の流れで笑いを誘っている。後ほど、もう少し詳しく説明する。
また、ネットニュースの中には“ホロコーストを題材にしたコント”と書いた記事もある。
題材とは「主題」「中心になる題材」を指す。
“ホロコーストを題材にしたコント”と書いてしまうと、コント全体でユダヤ人大量惨殺ごっこをしたと受け取られかねない。ホロコーストを題材にはしていない。発端のツイート同様、悪意を感じた。
あくまでもコントでは、ユダヤ人大量惨殺ごっこを悪いことだと認識した上で発言している。コントで侮辱も差別もしていない。
そして、小林さん自身がユダヤ人を差別・揶揄しているわけでもない。
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ユダヤ人大量惨殺ごっこというセリフが当時だからOK、今ならNG…とはされないだろう。
私も当時、あのコントを見た。紙人形のシーンをぼんやり覚えている。後半の替え歌が特に面白かった。
該当箇所で笑ったかどうかは記憶していないが、特に問題視しなかったのは確かだ。恥ずかしながら、ホロコーストという言葉を聞いてもピンとこなかった。
近現代史は急ぎ足で習い、ホロコーストやユダヤ人に関することを詳しく覚えていない。何せ社会は覚える内容が多すぎる。なお、当時ネットは普及していない。
(覚えていなければ・知らなければ今回の件はOK、とは思わない。念の為。)
もし「ネタであってもあの発言は問題」とするなら、コントを披露したラーメンズの2人だけが謝れば済む問題ではないと思う。
私のように、セリフを聞いてサラッと流した人もいるだろう。また、あのコントはVHSで販売されている。つまり、当時は問題ないとして販売された。容認した人がいるのだ。
時間が経つうちに、以下も考えた。
お笑いの難しさ
お笑いの世界では時に、センシティブなことで笑いを取ろうとする。
深夜ラジオを長年聞いていると、特にそう思う。容姿や失敗をいじったり、いじめられた過去をいじめた本人が笑いのネタにしたり。
(毎度センシティブなことで笑いを取ろうとするわけではない。)
でも、それでも、笑える時があるのだ。
到底思いつかないツッコミで笑いに変え、夜中でもつい声を出して笑ってしまう。小林さん含め、芸人の方々をとても尊敬している。
また、昔は今よりもコンプライアンスが緩かったのは事実だろう。今では考えられないような放送がいくつもあった。ゴールデンタイムで放送されたコントにおいて、女性の胸があらわに出たこともある。
※短いが、以下の記事で約20年前のコンプライアンスに触れている。
昔は笑いにしていたが、センシティブさやコンプライアンスといった問題をはらみ、今では難しいお笑いネタがいくつもあると想像できる。
容姿いじりはあまり良しとはされないだろうし、今回の件で人種差別をお笑いで扱うのは困難になった。
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推測だが…今回の問題は、普段お笑いに触れているかどうかで考え方が違うのではないか?と思う。
「あのコントはこういう意味で…」と解説しているラーメンズファンの方もいれば、「面白い」「面白かった」と書いている方もいた。「面白かった」と書いた方の何人かは、お笑いが好きな方だ。
お笑いに触れている方・好きな方は、
「あのセリフだけを切り取るのは良くない」
「ちゃんとコント全体を見てほしい」
と意見している人が多い印象だ。
私もその一人。セリフだけを切り取って、揶揄だ題材だなんて書いてほしくない。
セリフそのものが良くないのは百も承知だが、コントの流れを無視し、セリフだけを取り上げて「差別」「アウト」「論外」と意見するのはどうなのか…と思う。
個人的な印象として、お笑いをあまり見ない方の批判が目立つように感じた。批判した方のTwitterのタイムラインに、お笑い系のツイート・リツイートはほぼない傾向が見られる。
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「これが原爆ならどう思うか?」といった意見もあった。
調べると、原爆は海外でお笑いのネタにされることがあるらしい。原爆のブラックジョークが含まれるアニメがあるほどだ。
今回の件にしろ、原爆のブラックジョークにしろ、場所を選んだセリフだろうと思う。
ユダヤ人が大勢いる中でユダヤ人大量惨殺とは言わないだろうし、日本で披露するコントに原爆を選ぶ芸人はいないに等しいだろう。
極端な例だが、誰でも観覧できる百貨店でコントを披露するとして、つかみにド下ネタを選ぶ人は極端に少ないと思う。
似た内容を繰り返して恐縮だが、ユダヤ人大量惨殺ごっこという言葉がOKとは思わない。
でも、ただ否定するだけなら簡単だ。
お笑いに理解を示すなら、「これが原爆ならどうか?」「東日本大震災なら?」と全面的に批判せず、せめて「あのコントを面白くするなら、替わりにどんな言葉を使えば良かったのか?」を考えたい。
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お笑いは、ある程度の知識がないと笑えない時がある。
たとえば、2019年のM-1グランプリで優勝した、ミルクボーイのネタ。コーンフレークが何か知らないと笑えない。
ユダヤ人大量惨殺は、具体的に何が起こったのか詳しく知らなくても、言葉を聞いただけで悪いことだと想像がつく。
そして、悪いと分かった上で「怒られた」「放送できるか!」の流れがあり、本物のゴン太くんとノッポさんとはギャップがあるから笑える。
言葉の選び方が悪いのは確かに理解できるが、なぜ選んだのかも理解しているつもりだ。ユダヤ人大量惨殺が悪いと知らなければ、笑えない。
お笑いを説明するのは、一筋縄ではいかない時もある。特に今回のコントは実際に見ないと分かりにくい。
『できるかな』という子供向け番組を知らないと、なぜ面白いのか分からない人もいるのではないか…とも推測する。
ここまで問題が大きくなったのは、説明する難しさもあったと考えられる。あのコントを違法アップロード動画以外で見るのが難しいのも、一因に思う。
オリンピック
オリンピック憲章には以下の記載があり、いかなる形態の差別も明確に反対している。
オリンピック・ムーブメントに影響を及ぼす、いかなる形態の差別にも反対し、行動する。
ーオリンピック憲章 2条 6項より引用
オリンピックは200以上の国と地域の方々が参加する、最大規模の国際イベントだ。もし小林さんがオリンピックに携わらなければ、あのコントはここまで話題にはならなかったと思う。
セリフが不適切だったとはいえ、解任は大袈裟に思う。
重複して申し訳ないが、コント中でユダヤ人差別もホロコースト揶揄もしていないし、小林さん本人がユダヤ人を差別したり侮辱したりしたわけでもない。直近で人種差別や人権問題になりそうなコントをしているわけでもない。
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東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は、小林さんの謝罪文を発表した。
思うように人を笑わせられなくて、浅はかに人の気を引こうとしていた頃だと思います。その後、自分でも良くないと思い、考えを改め、人を傷つけない笑いを目指すようになっていきました。
人を楽しませる仕事の自分が、人に不快な思いをさせることは、あってはならないことです。当時の自分の愚かな言葉選びが間違いだったということを理解し、反省しています。不快に思われた方々に、お詫(わ)びを申し上げます。申し訳ありませんでした。
ー小林賢太郎氏 謝罪文より一部引用
謝罪文は確かにご本人が書いたと分かる文章で、誠実に感じた。
小林さんは過去を真摯に受け止め、人を傷つけない笑いを目指し、実行してきた。
また、ラーメンズはYouTubeにコント動画を100本公開。すべて無料で公開し、広告収入は災害の復興支援に役立てるよう、日本赤十字社を通じて全額寄付している。
オリンピック憲章には、以下の記述もある。
オリンピズムの目的は、 人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。
ーオリンピック憲章 オリンピズムの根本原則 2項より引用
小林さんは言葉選びが間違いだと自覚した上で考えを改め、行動してきた。
23年前の、しかもコントのキャラクターのセリフを切り出されての解任。あまりにも可哀想だ。長年の努力を踏みにじったとさえ思う。
小林さんが目指してきた人を傷つけない笑いも、寄付も、隠すかの如く触れないことが、平和な社会なのだろうか。
23年も前のコントを引っ張り出すなら、なぜ寄付の件は引っ張り出さないのか。YouTubeにラーメンズのコントを載せたのは2017年。ファンということもあり、発表当時とても話題になったのを覚えている。
寄付のことは発端のツイートにも、記事にも書かれていない。
過去を引っ張り出される怖さ
時間が経てば、価値観も感覚も変わる。過去を今の価値観で批判するなら、いろんなことが問題になってしまう。
いろいろと調べながら、「オリンピック関係者だから…」だけには思えなかった。もしかしたら自分の身にも降りかかるかもしれないと思うと、非常に怖い。
自分がもしメディアに取り上げられる時が来て、悪意的に何かの一部を切り取られ、良い行いは一切取り上げられないとしたら…。考えるだけで怖い。
たとえば、私が文章で何か大きな賞をいただき、ニュースに取り上げられるとする。もしかすると、これまで書いたブログやnoteやTwitterを不本意に引っ張り出され、「受賞は取り消します」なんて未来があるかもしれない。
ないと信じたいが、そんな想像をすると非常に怖くなった。
・ ・ ・
今回の件で、ドラマ『カルテット』を思い出した。
(ネタバレを避けるため、表面をなぞる表現にする。あしからず。)
過去の悪事を取り上げられ、行き場をなくす様。面白半分で関わろうとする人々。それでも味方の人々。
今回と通じる点があり、重ねてしまった。
記録が残っている過去・いない過去
SNSをはじめ、現代はたくさんの言葉が記録され、残っている。
過去の言葉一つが命取りとなり、今の地位や生活を失うのが当たり前になると、もう身動きが取れない。
批判するのも意見だ。しかし、言葉を他人がどう受け取るのか分からない。
極端な話、私のエッセイが書籍化されるとする。過去のツイートに不適切な発言があったとしたら、書籍化の話はなくなるのだろうか。
過去を調べるにも、限界がある。
今あのコントを適切な手段で見たいなら、VHSか、録画した何かしらの媒体を入手するしかない。オリンピック・パラリンピック委員会の情報収集力が甘いなんて、私は思わなかった。
すべての作品やSNSや過去を調べ、さらに表には出てこない言葉や行動を調べるのは困難だ。記録されていない言葉や行動なんて、山ほどある。
小林さんはコント中のセリフが問題とされ、解任された。
では、これまで差別発言をしたことがある人は、一発アウトだ。実際に差別したほうがタチが悪い。
もし過去の差別発言が見つからなかったために解任されずに済んだ人がいるなら、小林さんの解任はより無念だ。
動画の違法アップロード
あのコントは、違法アップロードされている。違法アップロードされた動画が、さらにTwitterなどへ無断転載されている。
その問題がスルーされているのは、とても気持ち悪い。
メディアの記事をいくつか読んだ。“コントがSNSで拡散”のような文章はあっても、コントを違法アップロードしていることに対して特に指摘はない。
はっきりと「ユダヤ人大量惨殺ごっこ」とのセリフがあるため、ユダヤ人に関する問題が注目されるのはもちろん理解できる。
その前に、そもそも動画の違法アップロードが良くない。まるで指摘がないのはどうかと思う。
ラーメンズのコントを見てほしい
いざ始まった、オリンピック開会式。私は選手入場も含め、ほぼ全部見た。
ゲーム音楽を流しながらの選手入場はとてもテンションが上がったし、小林さんの演出だろうと感じた箇所もあった。
ピクトグラムの演出は特に好きだ。小林さんらしさが滲み出ていたし、まさにご本人が目指してきた、人を傷つけない笑いだった。
国内外問わず、小林さんを「コントでユダヤ人大量惨殺ごっこをした人」と思う人もいるだろう。
23年前のコントのごく一部のセリフだけが独り歩きし、目指した笑いや寄付などの活動をまともに報道せず、誤認されやすい現状を、絶対に良いとは思わない。
今回はホロコーストを知っている・知らないだけではなく、コントそのものを知っている・知らない、お笑い文化を知っている・知らないという、人それぞれの知識の違いも重要なポイントに感じた。
セリフの一部を(悪意的に)切り取ったツイートや記事を見て「アウト」で終わらせず、ラーメンズのコントを見てほしいな…とも思ったのが正直な気持ちだ。
小林さんが手がけた過去のコントに、罪はないと思う。
ただ批判するだけじゃなくて、ちゃんとコントを見てほしいと願う。
特に、ピクトグラムで好印象を抱いた方は、ぜひラーメンズのコントに触れてほしい。
最後に私が今見たいラーメンズのコントを2つ紹介し、今回の〆とする。偶然にも、今日はバニーの日だ。
サポートしてくださった分は、4コマに必要な文房具(ペン・コピック等)やコーヒー代に使います。何より、noteを続けるモチベーションが急激に上がります。