月蝕のパープル・アイ
442年ぶりの皆既月蝕＆惑星蝕にこの靴を迎えられたのは、運命だ。
1580年は天正8年。私にとっては武田が滅びる2年前。勝頼も蝕を見たんだろうか。
私のパープル・アイと同じように。
これから先を歩く足を任せる相棒に、この夜空を見せられたのはこの上もない僥倖。
月蝕、これが私の相棒だ。
運命を前に人は詩人になるというのは本当だった。最高にハイってやつで、完全にトチ狂っている。
何せパクリだ。
『闇のパープル・アイ』をご存知だろうか。
ドラマ化もされた篠原千絵の名作だ。
雛形あきこがヒロインを演じたことはなんとなく覚えていたが、実は未読だし未視聴である（篠原先生なら『蒼の封印』と『天は赤い河のほとり』）。
なのに、私がひどくロマンチストになっていたときに、不意によぎったのがこのタイトルだった。
あの子に相応しい名前ではなかろうか。
紫の瞳といえばエリザベス・テイラー。
エリザベス・テイラーといえばクレオパトラ。
クレオパトラといえば里中満智子。
里中満智子といえば『天上の虹』。
あ、漫画に戻ってきた。
満月に相応しい散らかり具合である。
ここまでが月蝕当日に書いた分。せっかくなのでそのまま残すことにする。
ともかく靴を迎えました。
UNITED NUDEのBrogue Black、ヒールは6センチ。
透明な紫のヒールが私の心を奪った。
ずっとずっと黒のスタンダードな革靴を探していたのだ。
ZOZOTOWNで価格の高い順に眺めてみた。
布団の中でつらつらスクロールしながら、正直どれもこれも同じに見えて、だったらどれでも一緒じゃない？と半ば投げ遣りになっていたところに、出会った。
瞬間的に店舗を検索し、仕事帰りに寄れることを確認した。
半分くらいはウトウトしていたのだが、紫のヒールを目にした瞬間、興奮して覚醒した。
履きたい。
あわよくば自分のものにしたい。
スタンダードどこ行った。
GINZA SIXはオープン当初に友人たちと行って、あまりの混み具合にうんざりした記憶しかない。
……いや、そんなことないな。
地下にのり弁買いに行ったし、着物屋さんの中にあるカフェにパフェを食べにも行った。
見事に食べ物のためにしか行っていない。
とはいえ目的がはっきりしていれば、どこでも気後れせずに行けるというのは最近よくわかった。だから大丈夫。そう言い聞かせながら探索する。
お店がどこにあるのかちゃんと調べなかったから、かなり迷った。
MM6……あ、ジャパニーズバッグ。お、アレキサンダー・マックイーン。これがモードの反逆児。（気分は「これ進研ゼミでやったやつ！」）
そしてやっとたどり着いた。
一瞬日和って向かいの靴下屋に行こうかと思ったりもしたけど、まっすぐに行けた。
店員さんに自分からこんにちは、と声をかけたのは初めてかもしれない。
すごくにこやかに迎えられて嬉しくなって、この靴を試着したくて……と目の前にあったBrogue Blackをさした。
履いた。
ああこれだ、と理解した。心で。
（プロシュートの兄貴リスペクト/むしろペッシでは）
黒はワンサイズ大きいものしかなかったので、サイズ確認のために銀も履いた。
黒一択のはずだったけど、銀が思ったよりも良くってちょっと迷った。その日の格好に合うのはグリーンのヒールの方かもしれない。いま一番好きな「よそゆき」。
こんな色も似合うのか。新しい世界だ。
店員さんの前でぐぅ〜っと唸りながら、黒にする。初志貫徹。
それにしても足にめちゃくちゃフィットする。
歩くと思ったより柔らかい印象に驚く。ソールがスニーカー仕様だそうだ。そして軽い。どこまでも歩いていけそうだ。
どんな旅にも、どんな博物館にも。
お金の心配がなかったら何をしたいか？という問いに、私はとっさに「世界中の博物館や史跡に行きたい」と考えたことを思い出した。
出不精な私がだ。
世界を知りたい。その欲求を思い出した。
コンセプトはまだ薄ぼんやりしているのだけど、この靴こそが輪郭を際立たせてくれる気がした。
家でろくに慣らしもせずに（皆既月食を外で眺めるために履いた程度）、翌日職場に履いて行った。
下ろしたての靴で事故が起きなかったのは初めてかもしれない。
めちゃくちゃな残業のあとに、下駄箱を開けたときの感動といったらなかった。
待たせてごめん、待っててくれてありがとう。
疲れてヘトヘトだったけど、家に着いてすぐに靴の裏を拭いた。
私には履きたい靴がある。
それがこんなに嬉しいことだなんて、知らなかった。
出会ってくれてありがとう。
バッグの方の相棒ともどうか仲良くしてほしい。
それにしても、我ながら中で二なタイトルをつけられて大満足である。
右眼や左腕が疼く感じがたまらない。
それでこそ、私にはよく馴染む。
ただのかっこいい見た目の靴ではなく、他でもない私の手元に来た、私だけの靴なのだから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか？