寝言


うらん作

僕はタケル、中学2年生。クラスは畑学級。
クラスの友達は最高な奴ばかり。
毎日が楽しい。

秋口、自転車通学の僕は寝坊して、坂道の降りで車とぶつかった。
気がついたら病院で脚を宙吊り。
母が、「命があってよかったよ」と慰めとも、諦めともつかないため息混じりの声で呟いた。

病室には、中村さんと言う40代のおじさんもいた。
話し相手も居ないので、よくお喋りしたよ。
中村さんは、決して慰め言葉は言わなかった。
人生色々あるさ、遠回りもするもんさって云う。

僕が中学の話をすると、
「あぁ、君は寝言で、お友達の名前なんか呼んで遊んでるじゃないか?」
という。
「ェ!」
僕は寝言喋るんだ!
初めて知った。

夢はクラスのみんながいることが多いなとも思うが、畑先生がお見舞いに来てくれた。
クラスの皆んなからの手紙もあった。
先生は母に一年留年となることなどを話して行った。
僕は受け止められなかった。
寂しさと不安が押し寄せてきたんだ。

リハビリし退院。
中村さんが、1年ぐらいすぐ取り戻せるし、友達も増えると思えと励ましてくれた。

春 僕は中学に戻り、畑学級のみんなに手紙のお礼とお別れを伝えたんだ。
「なに言ってる、お別れじゃないじゃないか!」
口々とみんなから声が上がる。
仕方ないじゃないか。

僕も、留年し新しい出発。
だんだん馴染むように、以前の友達も声をかけに来てくれる。

畑学級が卒業する時には別れが辛かった!

あれからずいぶん時も過ぎて、皆家庭を持ち落ち着いたのだろうなと、時々思い出す。

「貴方〜、お葉書よ! 同級会のお知らせ!」
妻が、葉書を持って来た。

中学時代の畑学級からの同級会のお知らせだった!
なんて奴らだ!
やっぱり素敵な奴らだった!

同級会当日は楽しかった!
出席できないチコにまでみんなで電話してる。
僕もチコと話した。

「健くん、チコだって遠回りしたんだよ」って、優しい子だ。
皆んなからも、愛されていたしな。

楽しい人生。
楽しい友達。

妻から
「あなた、最近寝言で笑うのやめて」
って苦情がきた!

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